「聖なる夜に貴方と」-01
------------------------------------------------------------------------

カキン王国の奥地のさらに深い森の中。
ぽっかりと開けた小さな空き地に寒風が吹きすさぶ中で、大小男女様々な7人が赤々と燃える焚き火を囲んでいた。
火には大鍋が煮え立ち、食欲をそそる香辛料の香りが寒さに縮こまりがちな体を温める。
作ったのはもちろん、7人の中では一番年長に見える細身の青年。
十分に煮込まれたシチューを碗によそって各々に渡すのもこの男。料理の腕前も一番に上手い男だ。

皿が行き渡るの待たずフゥフゥと湯気を吹き、目を細めながら汁に口をつける若者を見て、カイトは苦笑する。
カイトを幼少の頃から育てた男は豪放なように見えて、その育った家庭の環境から、真っ当な祖母に厳しく躾けられた行儀を身につけていた。
マナーとかいう言葉はそぐわないし、本人に自覚があるかどうかも分からなかったが。

食事に口をつけるのは、皆が食卓について「いただきます」を言ってから、とか。
寝る前には歯を磨き、起きたら「おはよう」と言う、とか。
自分のために何かをしてもらったら、「ありがとう」と言う、とか。
集まって談笑する時は、出来るだけ皆が楽しめる話題を選ぶとか。

見ず知らずの他人の前で自分を繕うよりも、大切な家族や仲間の中での、ごく基本的な礼儀作法をカイトも真似て、いつしか自然に身につけていた。
しかしカイトは、それらを仲間に伝える気は無かった。
歳若いと言っても、彼らは仕事仲間。それぞれにプロの気概を持つ。
男がカイトに「行儀の良さ」を強制することはついぞ無く、憧れの気持ちからかカイト自身の意思で身につけたように、真似たい奴は真似ればよいと思ったし、そうはしなくても、彼らが円滑なコミュニケーションを築く能力を持ち、また仲間を労わる気持ちを持つ連中であることを知っていたからだ。

皆が夢中でシチューを口にし、カイトもやっと自分の皿を手にした時、カイトと同じ形の、しかし色合いはすごぶる派手なカスケット帽をかぶったスピンが口を開いた。

「ねーカイト、今月の休みだけどさ‥‥‥もちろん、皆いっしょに取っていいよね?」
「うん‥‥?」

勝気な目の少女がいう事を、すぐには理解できなかった。
この約一年、体を休めるための週一の休みは別として、森を離れ街に降りる月に一度の休みはそれぞれ調整してなるべくズラして取っていた。
貴重なデータや高価な調査機器が置かれる宿営地を無人にするわけにはいかなし、休みの度にそれらをまとめて持ち帰るのは面倒だからだ。
スピンだってそれを知らずに言っているわけではないだろう。
今月‥‥調査を始めてから初めて迎えている12月には、何か特別なことがあっただろうか。

「あぁ‥‥そうか、そうだな。もうすぐ年末か。国々で違いはあるだろうが、年の変わるNew Yearは家族で過ごすのが一般的だしな」

いたって生真面目なカイトの返答に、年頃の娘は溜息をつく。

「そうじゃなくってぇ‥‥まぁそれでもいいんだけどね」
「何だ、違うのか?」
「その前に、クリスマスがあるじゃない! ク・リ・ス・マ・ス!知ってる?」

呆れたような物言いに、カイトはちょっと憤慨する。

「‥な‥‥! もちろん知ってるさ。俺を何だと思ってるんだ。
宗教的な祝日で、街は飾り付けられ、バーゲンセールが行われる日だ。
特に信仰の深い国では、その日を家族と共に祈り過ごす。
スピンの出身地はでも、仏教が国教ではなかったか?」

真ん丸に目を見開き黙ってしまったスピンを前に、少々大人気なかったかと反省するが、次の瞬間、諦めたように深々と溜息をつかれ、また憤慨する。
しかし他の仲間が笑いをこらえて下を向くのを見て、もしかすると自分の方の認識がズレているのかと察するくらいの機転はカイトにもあった。

「おい、何かあるならハッキリ言え」

虚勢を隠す横柄な自分の物言い。
いつかどこかで聞いたような気がする。

「確かに神様の生まれた宗教的なお祝いだけどね、カイト。
でもクリスマスの習慣は世界中に広がって‥‥今や恋人と過ごしたい楽しいイベント期間ナンバーワンなのよ。 わざわざその日を選んでプロポーズしたりね。
聖夜っていうロマンチックな響きが、特に若い恋人たちに受けてるみたい」

リーダーに諭すこと自体を後ろめたそうに、遠慮がちにバナナが助け舟を出す。
そ、それくらい‥‥知っている。そっちの方に思考がシフトしなかっただけだ‥‥。

「お前は天然ボケと鈍さのダブルハンターだな」

あれはいつのことだったか。
師匠の諦めきった声が頭を駆け巡り、カイトは子供じみた反論を諦めた。

「そういうことなら早く言え。しかしそんな下らな‥‥いや、その」

殺気を孕んだスピンの視線に言葉を切る。

「‥‥あー、その。スピン以外にクリスマス休暇を取りたい奴はいるのか?」

自分のように浮かれたお祭り騒ぎに興味のない者も多いだろうと思ったが、意外なことに全員が元気良く手を上げる。

「兄貴にサンタの格好してくれって頼まれて‥‥甥っ子も楽しみにしてんだ」
「家では母が特別な料理を作りますよ、家族揃って食べるのが習慣ですよ」

「そうか‥‥クリスマスってのは意外と大事な日なんだな」

正直言って、バーゲンで買い物をして浮かれて酒を飲むだけの日だと思っていた。
そういうことなら仕方ない。しかし機材をまとめて梱包したり、データを分類しながら箱に詰めたりは、なかなかやっかいな仕事だ。
派手なハントより、こういう何でもない作業のほうが返って時間を取るものだ。

「分かった、じゃあクリスマスは揃って休みにするか」

やったぁ!と森に歓声があがる。

「じゃあ24日の朝にはキャンプの片付けしないとね。機材は業者に頼んでヘリで送ってもらう?」
「あぁ、いや。俺がここに残るからいいよ」
「ええー!揃ってって言ったじゃない!」
「俺以外の全員という意味だ。気を遣ってるわけじゃない。俺は別に予定ないし‥‥」

「ダメよそんなのっ!」

スピンの語気の荒さにちょっと驚く。

「カイトはただでさえ、にぶ‥‥じゃなくって、そういう事に鈍か‥‥でもなくて‥。
えーと、とにかくクリスマスくらい街で過ごした方がいいと思う!!」

「いつどこで過ごそうが、あまり関係ないと思うが‥‥」

スピンの言いたい事はだいたい分かった。
彼女が自分の楽しみの為でなく、カイトを案じてクリスマス休暇を願い出たことも。
大体このしっかり者の娘が、巷の流行をハントより優先するのは、初めから違和感があった。
だが残念ながら俺は、夢見がちな思春期の少女ではない。

「関係あるって! カイト、このままじゃ一生恋人もできずに終わっちゃうよ?
けっこう格好いいのに勿体無いよ!」

恋人‥‥。
余計なお世話とは思いつつ、一人の男の顔が脳裏をよぎる。

「そんなに心配か?」
「心配だよ。カイト、初めはモテるのに真面目すぎてすぐ振られちゃうじゃない。
少しは女の人に慣れた方がいいよ」

おどけたようなカイトの質問にスピンは大真面目に答え、カイトは苦笑する。
フラれるという言葉は適切ではないが、確かにカイトの容姿に惹かれて近づく女は、外見からは想像できないストイックさに驚いて離れていく。
そのギャップが良いという女も少なくなかったが、正確には最後に拒絶するのはカイトの方だ。

「恋人、か‥‥」

先ほど脳裏をかすめただけの男の笑顔が、今度はハッキリと浮かんだ。

「分かった、じゃあ全員で休みにしよう。
俺も楽しいクリスマスとやらを過ごしてみるか‥‥」

空になった皿を置き焚き火に薪をくべながら、穏やかな目の青年が、穏やかな口調でそう言った。

(051225)

Next                      
------------------------------------------------------------------------
トップ