「聖なる夜に貴方と」-02
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24日。
前日も深夜まで調査していたにも関わらず、カイトは一番に目が覚めてしまった。
クリスマス休みなどいらないと言っていた手前、決まり悪さに暫くは黙って毛布に包まって寝たふりをする。
小さく寝返りを打ちながら、ジンへどう連絡すべきかを考えた。

「カイトです。俺今日、休めることになって。ジンさん今どこですか?‥‥」

‥‥なんだか、いかにもクリスマスだからとわざわざ休みを取ったみたいだ。
きっとジンはからかうような声でこう言うだろう。

「どうしたよ、クリスマスを俺と過ごしたくなって、わざわざ休みにしたのか?
お前、リーダーがそんな私情に振り回されてるようじゃハンターとしてだな‥‥」

分かってる、分かってるよジンさん。俺は別にそんなつもりじゃ‥‥。

「カイトです。実は仲間がどうしてもクリスマス休暇を取りたいって言って俺も仕方なく‥‥」

言い訳がましい。仕方なくって何だよ仕方なくって。

「カイトです。急に休み取るハメになっちまって‥‥、ジンさん暇ですか?」

何様なんだよ俺は。ジンさん怒り出すぞ‥‥。

考えれば考えるほど、どう切り出せばよいか分からない。
毛布の中で悶々とする内に、結局テントを出て身支度を済ませるのはカイトが一番最後になっていた。
驚くべきスピードでキャンプが畳まれていく。
森の小動物がボチボチと寝惚け顔を出し、やっと全容を現した太陽が大気を温める頃には、すっかり出発の準備が整っていた。

「じゃあまた来年にね!良いクリスマスと新年を!」

口々に明るい声で挨拶を交しながら仲間が散っていく。
最後に残ったモンタが、ポンとカイトの肩に手を置いた。

「じゃあカイトも‥‥楽しいクリスマスになるといいね」
「あ。あぁ‥‥」

モソモソと去っていく大きな背中を見送りながら、カイトは途方に暮れた。




森の出口で。駅で。空港で。
家路を辿りながら、カイトは何度か携帯電話を取り出した。
ジンの番号を呼び出す。
しかし通話ボタンを押せない。

ジンさん、今何やってんのかな。

きっとどこか世界の最果てで、走り回ってるか寝転んでるか、追いかけ回しているか、追いかけ回されてるか‥‥。
とにかく家でジッとしていないことだけは確かだ。
急に電話する自分が不自然な気がしてならない。
実際には、それほどおかしな事じゃないことは分かっている。
カイトの場合、月に一度の休みはほんの1〜2日間で、それもカキン国内の街で必要物資の買出しに当てるのがほとんどだったが、それでもこの9ヶ月の内に2度、ジンに会っている。夏の長期休暇の時は自分から連絡したし、たまたま近場に来たジンが連絡してくることもあった。
そんな時はどちらが誘うでもなく会って、他愛のない近況報告をしたり、それ以上の近況を伝え合ったりもした。

「クリスマスは、家族や恋人と‥‥」

仲間達の声がカイトを躊躇させていた。
家族‥‥恋人‥‥‥‥。
俺にとってジンさんは。
ジンさんにとって、俺は‥‥。

「まぁいいか‥‥。何も今日連絡しなくたって休みは長いんだ。
家に帰って新年に備えて掃除でもするか」

カイトは性格上、ハント以外のことで3時間以上悩み続けることが出来ない。
連絡しないと決めると急に足取りは軽くなり、一路家路を目指した。

最寄の駅に着いた頃には、陽はとっぷりと暮れていた。
駅前の小さな商店街でさえ、店々は電飾で飾り立てられ、物売りの声もいつもより数段賑やかだ。

「オーブンで焼くだけのターキー!チキン!!もう残り僅かですよ!!」
「クリスマスケーキいかがですかー!!」

住宅街のアットホームな賑やかさに、少し顔が綻ぶ。
ターキーか‥‥。
こんなデカいのを一人で買っても仕方ないが、ジンさんがいれば悪くなかったかもな。
そんなことを考えながら、出来合えの弁当を一つと掃除用の洗剤を買って、カイトは家に向かう山道を登った。
数年来の寒波によって足元の土がパリパリと音を立てる。
静かな森の闇に、白い息が天使のように舞う。
自分の家と呼べる場所へ帰る安堵感と、そこにジンはいないことを知っている寂寥感と。
思いついて見上げると、空は満天の星空であった。
この夜に、大地に足を踏みしめ空を見上げる自分がいる。
自分の足で立つことも、見上げれば空が広がっていることも、ジンに会わなければ知らぬままだった。
この森から見上げる星々は美しい。例える言葉はなかった。
ジンもきっとこの星空を見上げたことがある。

「あー‥‥宝石‥‥‥みたい‥?」

しかしカイトは、自分の月並みな表現にそれなりに満足して、ほうと息をつく。

「雲一つない‥‥寒いはずだ」

美しいものは、ただ美しく。
浸りきれない言葉を小さく呟き、上に向けていた視線を戻しながら、再び足先を帰路に向けた時だった。
視界を小さなオレンジ色の明かりがかすめた。
目を凝らすのと、駆け出すのは同時だった。

森の道の終わり。家を遮るにように大きく繁った椎の木。
足裏に丸く固い木の実の感触得て、このドングリを拾いジンと煎って食べたのは、あれはいつの秋だったかと一瞬だけ思考が飛ぶ。
部屋に明かりが灯っている。
なぜこんなにも息が切れるのか。
様々な可能性を無理に頭に引き出す。

ジンと敵対するマフィアの来襲
食料を求めて彷徨う冬篭り前の獣
ジンさん

ジンさん

ジンさん!

ほとんど転がり込むようにリビングに駆け込んでいた。
ちゃんと靴を脱ぎ、スリッパに履き替えている自分に驚いた。
部屋の電灯は点いていなかった。
外から見えたあの明かりは、暖炉の火であった。
赤々と燃える炎が、ラグに腹ばいに寝そべる男の横顔を照らす。
顔の下には分厚い本が開かれている。

「ジンさん‥‥‥」
「いよ〜ぅ、おかえり」

間の抜けた挨拶に、カイトはへたり込むようにラグへ腰を降ろした。

「ジンさん」
「何だよ人の名前連呼して。ただいまくらい言え」
「ただいま」
「うん、よし」

ジンは満足げに言うと、素っ気無く視線を逸らせて再び本に向き直る。

「ジンさん」
「おぅ」
「‥‥‥」

俺、ジンさんって言葉しか吐けなくなったんだろうか。

「ジンさん」
「何だよ」

流石にジンが苦笑して、カイトに顔を向ける。

「何でここにいんの‥‥」
「何でって。ここは俺の家だ、いちゃ悪いか」
「‥‥」

年中、世界を飛びまわってるくせに。
そんなの答えになってない。

しかし反論は、込上げてくるくすぐったいような嬉しさにせき止められる。
ジンは今日、自分が帰ること予想していたのか、していなかったのか。
ジンのことだから、明確な情報として知っていた可能性もある。
しかし今日この日の真実をジンの口から聞きだすのは、カイトには宇宙の真理を紐解くよりも困難に思え、同時に知る必要もないことだと思う。
宇宙の起源は神秘に満ちて、そして知らずとも平和な日常には何の支障もないように。

「暖炉の火あったかいだろー、薪割ったんだぜ。
あったけー気持ちいい〜」

”あったかいだろー”が、カイトの返事を待たずに”あったけー”になるところがジンらしい。
何を想う余裕もなかったけれど、カイトも笑って帽子を脱いだ。

「お、何だそれ。食い物? お前待ってたら腹へっちまった。食わせろ」
「あ、これ‥‥幕の内弁当ですけど。鮭付きの特選?とかいう‥‥」
「‥‥んだよ、ダッセーな! いいよもう、俺が買ってきたの食おうぜ」

ゴロゴロと寝そべったまま、傍らに置かれていた大きな包みに手を伸ばす。

「じゃ〜ん! パーティバーレルー!!」

子供みたいに言いながら、やっと身を起こして、巨大なカップ状の箱のフタをあけるジンをカイトはぼんやりと見つめる。

「‥‥ジンさん、待ってたんですか? 俺のこと」
「!」

浮かれていたジンが、一瞬言葉に詰まる。しかし、

「バッカだな、んなわけねーだろ。言葉の綾だ!」

言い放ち、箱に手を突っ込む。

「ほれ、足ンとこやる」
「どうも‥‥」

揚げたチキンの香り、湯気に霞むジンの横顔。
決してカイトの目を見ないのは、照れ性な嘘つきの素顔。

「美味いな〜。美味いだろ?」
「うん、はい‥‥」
「なんだ?」
「いや、俺‥‥‥クリスマスだし‥‥その、急いで帰ってきたんです。ジンさんも帰ってて良かった」
「ふぅ〜ん‥‥その割りにゃ電話も寄こさねーし、幕の内弁当は一人分しかねぇじゃねーか」
「‥‥! そうだけど‥‥ジンさんだって‥‥」
「俺は別に、そんな必要ねーもん」
「俺、帰ってこなかったかも」
「あぁ?でも俺、帰ってくるって知ってたぜ。 だから知ってたから、待ってたわけじゃない」
「‥‥‥」

真実は分からない。
でもそれは、大勢には全く影響ない。
今日は星がきれいで暖炉は暖かく、ジンと食べるチキンは美味かったから。

「休みいつまでだ」
「3日まで」
「結構休めるんだな。んじゃクリスマス島で、世界で一番早い初日の出とでも洒落こむか」
「へぇ、クリスマス島なんてあるんですか」
「うん、日付変更線の真上にある島だから、地図上は世界一早く日が昇る島だ」
「へぇ‥‥」
「南半球だから今夏。海がバカみたいに綺麗な島だ。泳げるぞ」
「凄い、じゃあG.Iの人たちも誘いましょうか、楽しみだなぁ!」
「うん‥‥」

ハシャぐカイトに、ジンが笑顔を収める。

「なぁ、休みなのはいいんだけどさ、お前調査の方は大丈夫なのか?」
「契約は3年で、今年1年でノルマの半分以上いったから、何とかなるんじゃないかな」
「‥‥‥お前、リーダーだろ? ちゃんとやってんのか?」

上目遣いの探るような視線に、新種発見数が仲間内でダントツビリであることを見抜かれている気がして、危うくチキンを取り落としそうになる。 

「や、やってますよ、ちゃんと‥‥大物バンバン見つけてます。何てったって俺は」
「‥‥俺は?」

ジンはまだ猜疑心に満ちた目でジンの顔を覗きこんでいる。

「俺は‥‥何てったって、ジン=フリークスの弟子ですからね」
「‥‥っ!」

今度はカイトがしてやったりと、ジンの顔を覗きこむ番だった。

「何言ってんだバカヤロ。そんなもんが世間で通用するか!」

ジンの顔が赤い。暖炉の火が爆ぜた。
ジンは自分の帰りを知っていたどころか、現在の新種発見数まで把握しているかもしれない。
猛獣の潜む茂み。飢えた家禽の巣の下。
時折り背後に懐かしい気配を感じたのは、気のせいではなかったのか。
真実は分からない。
でもそれは、大勢には全く影響ない。
今日はクリスマスで暖炉は暖かく、目の前には貴方がいるから。

(051225)

end.
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