「G・I にて U」-07
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彼女に体育館を見せたら、凄い、凄いって、すげー誉めてくれたよ。
嬉しかったなぁ。
あちこち案内しながら、「ココとコレは、ジンのアイディアだ」なんて説明すると、
カイトさんはちょっと唇を噛みしめて、憧れるような切ないような、何ともいえない
キレイな表情をした。惚れた女の幸せそうな顔ってのは、良いもんだよな。
その後は、フットサルで遊んだ。俺の目下の秘密の悩み事を、カイトさんにだけ
打ち明けたりもした。
彼女の身体能力は流石はダブルハンターの弟子という感じで、こりゃあトカゲに
食われる心配なんて、全くの杞憂だったな。正直、俺も一本取られたよ。

妙な音がして、誰もいないはずの体育館の窓枠が砕ける怪事件が起こるまでは
時間を忘れるくらい楽しく過ごした。
一度、バランスを崩して転びそうになったカイトさんを俺が受け止めて支えた。
‥‥‥カイトさんの髪は、すごくいい香りだった。柔らかく指になじむ金の糸。
女性らしさの一切を隠すカイトさんの、唯一の外見上の女らしさ。
俺が触れていいものじゃない事は分かってるけど‥‥。
気持ちも告げずに、諦めることにしたんだ。
これくらいはジンも許してくれるよな、なんて都合の良い事を考えながら
二人して城に戻ったよ。

そんな訳で俺は気分爽快だったけど、俺たちが体育館で遊んだ間に、ジンに
何事かあったらしいんだ。
ボンヤリと上の空で、イラついてるようで、落ち込んでるようで、とにかく手に負えない。
何事にもスケールのデカい男だから、情緒不安定になった時の行動も影響力がデカい。
酔って暴れて俺もブン殴られて大変だったけど、解決したのカイトさんだった。
エレナとイータによれば、カイトさんが原因でジンはオカシクなったらしい。
どうしてそういう結論になるのか、俺にはさっぱり分からんがな。
彼女はG.Iに来てから、モニターとして働き、食事を作り、酒の席の
ツマミまで作ってくれた。
もし俺がジンなら、惚れ直しこそすれ機嫌を悪くすることなんて何も無かったはずだ。
なのにジンときたら、何が気に入らないのか知らないが、彼女がせっかく作ってくれた
朝飯も食わずに部屋に引き篭もっちまったんだからな。二人のことに口を出すべきじゃ
ないけど、ジンのワガママに振り回される彼女は気の毒だ。
だから俺は、エレナとイータに耳打ちされて、戸惑いながらもジンの部屋に
向かった彼女の様子をコッソリに見に行ったんだ。
城の外に回って、部屋の窓が見える大きな樫の木に登った。
普段のジンになら気配ですぐに見つかっちまうだろうけど、あの腑抜けた
情けない様子なら大丈夫だ。
二人で話し合い、ジンが機嫌を直せばよし。
だけどもしも自分勝手な理屈で彼女を傷つけたりしたら‥‥。
緑に繁った葉に身を隠し、窓辺で不機嫌に頬杖をつくジンを観察する。
一瞬部屋の中を振り返り、カイトさんが来たことが分かる。
ジンは、プイと顔を逸らせてまた外を見る。

‥‥おい、ちょっと傲慢過ぎやしないか‥‥‥!?
何が気に入らないのか知らないが、献身的に尽くしてくれる女性を
そこまで苛めて楽しいか?ぁあ?見損なったぜジン!!

なのにカイトさんは、そんなジンに愛想もつかさず、ジッと彼の横顔を見つめる。
思いつめた表情。彼女にそんな顔をさせるなよジン!
思わず拳を握り締めた時、カイトさんが、そっと身を屈めた。

‥‥‥‥!

すぐに彼女は身を起こし、一言、二言、ジンに話しかける。
‥‥‥‥キレイだ。
ピンクに染まった桜貝みたいな耳も。
恋しい男を見つめる潤んだ瞳も。
綺麗だ。そして彼女をそこまで綺麗にしたのは‥‥‥ジンだ。

短く言い終えると、カイトさんは足早に部屋を出て行ってしまった。
でも、それで十分。
ブプ、あの後のジンの顔、皆に見せたいぜ。
呆けちまって、アホ面ってのはこういう顔をいうんだろうけどジン、
俺にアンタを笑う気はないよ。
カイトさんにキスされりゃ、男なら誰だってああなるさ。
気張って見張りに来たはいいけど、二人の仲を見せつけられただけだったな。
その夜、部屋に戻って一風呂浴びてベッドに転がると、ジンの部屋から
押し殺したカイトさんの声が聞こえた。聞かれたくない忍び声ってのは、
意図しない物音よりも案外響くものなんだよな。

『ジンさ‥‥‥だ‥‥‥‥って、‥‥‥‥な、とこで‥‥』
『平気だって‥‥奴の部屋は隣の隣だ‥‥‥‥』

確かにね。
客間の棟を使ってるのは俺とジンだけだし、間に空き部屋を挟んでる。
でも俺、かなり強化系に近い体質だし。
ジンは知らないだろうけど、元々耳はかなり良いし。
聞きたくない声ってのは、余計によく聞こえるもんだし‥‥‥。

『‥‥‥や‥ぁ、‥‥‥‥‥‥‥んぅ‥‥っ‥‥』
『‥‥‥カーイト‥‥‥‥』

優しく奪う衣擦れの音。あとは無音。
なのに痺れるように甘く濃密な吐息は、部屋を繋ぐ壁を伝って、ほんの僅かに
闇を震わせる。俺は深くベッドに潜り、シーツに顔を押し付けた。
意識的に耳を塞ぎ、金の羊を数えて眠った。





カイトさんの一撃で、名うてのダブルハンターは完全に落ちたようだ。
翌朝からジンは、笑っちまうくらいに張り切ってゲームのプログラムをいじってる。
超特急で作業は進んで、完了の目処もついた頃。
ホールのソファで寛ぎながら、ジンとカイトさんと俺は、色んな話をした。
彼女がスラム街で育ち、ジンに拾われたこと。
ジンの修行は厳しいけれど楽しく、念を身に付け、もうすぐ発を習うこと。
話を聞けば、彼女が女性らしい素養を身につける暇など少しも無かったことが分かる。
治安の悪いスラム街で女であることをひけらかせばどうなるか、俺にだって分かる。
男装や男言葉は、身を守る為に必要だった。
むしろそんな環境で育ったというのに、肌理細やかな気遣いで皆を和ませる女性らしさは
どんな女性よりも女性らしい。
あーぁ、やっぱジン、羨ましいぜ‥‥。

「どーだレイザー。あれからちょっとは腕上げたか?」

ジンが身を乗り出して俺に問いかける。
‥‥ったく、この男のバトル好きにも困ったもんだ。
女性を交えて話してるってのに、ちょっとは話題を選べよ。
これだから女心の分からない、鈍感で気が利かない男は嫌だぜ。
カイトさんが今も飾り気のない男物の服しか着れないは、ジンのせいじゃないか?
ボーイッシュな服装も良いけれど、彼女にはもっと‥‥‥例えば、瞳の色に
合わせた春物のスカート‥‥上下がつながった形のスカート、何て言ったっけ?
ああいうの、すごく似合うと思うんだけど‥‥。

「んー‥‥まぁね。ボチボチ」

俺の気の無い返事を、ジンが鼻先で笑う。

「何だよ。平和ボケして、なまっちまったか?」

なにぃっ!?
彼女の前で小馬鹿にされて、平静でいられるほど俺は男を捨ててない。

「平和な檻に俺を閉じ込めたのはアンタだろ。
イベントの発動条件は厳しいし、俺にガチンコ勝負させる機会を減らしたのは
俺がこれ以上強くなんのが怖かったか?」

心にもない挑発だったが、ジンはニヤリと口の端を歪めただけで受け流した。
俺は内心、ちょっとホッとした。
彼女の目の前でジンにボコボコにされんのは、ちょっとカッコ悪いもんな‥‥。
こんな、むくつけき男達の恐ろしげな会話にも、カイトさんはニコニコと笑っている。
やはりジンの彼女なだけあって肝が据わってるとゆうか‥‥。

「カイト、こいつ結構強いんだぜ。まぁ俺ほどじゃないけどな。
いい機会だし、一本相手してもらうか? 当然ガチンコな」

‥‥なっ‥!!
自分の彼女を、こんなゴツい男と闘わせるってのか!?
イカレてるとは思ってたが、これまでとは‥‥。
とにかく俺は、冗談じゃない。お断りだ。
俺は男だ。
型通りの組み手ならまだしも、女性を相手に振り回す拳なんぞ持ち合わせてないぜ!!

「やった、いいんですか? レイザーさんさえ良ければ、お願いします!」

「‥‥ぁ、はぃ‥‥‥よ、喜んで‥‥」

白い歯を覗かせて言ったカイトさんに、俺は小さく答えていた。


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