「G・I にて U」-08 ------------------------------------------------------------------------ 外へ出る。気が重い。 ジンは手近な木に背をもたれかけ、ニヤニヤしながら見ている。 ‥‥‥アンタの狙いが分かったよ‥‥。 自分じゃ彼女に教えられない事を、俺に押し付ける気だな? ハンターってのは危険な商売だ。 凶悪な犯罪者や獣を相手に全力で闘わねばならない。 カイトさんのような優しげな女性には、過酷過ぎる仕事だ。 彼女の身体能力は素晴らしいが、ジンがこれまで彼女に教えた技は、 おそらくは闘うための技じゃない。 か弱い女性が身を守るための力。護身術の類だろう。 それ以上を教えるには、彼女の体を傷つけ、身を持って戦闘の恐ろしさを 知らしめなきゃいけない。 完膚なきまでに痛めつけ、血を流させなければならないんだ。 ジン、アンタにはそれが出来なかった。そうだろう? 分かるよ。俺がアンタの立場でも、そりゃ出来ない相談ってもんだ。 だから俺に彼女を痛めつけさせ、あわよくば彼女にハンターになるのを 諦めさせる腹だろう。 俺が手加減したり勝負を断われば、彼女は傷つく。 俺は彼女を傷つけたくない。でも彼女の体も、傷つけたくない。 八方塞りだ。 カイトさんは、実に楽しげな表情で屈伸なんぞしながら準備している。 カイトさん、違うんだ。 これからやるガチンコ勝負ってのは、普段ジンとするような、 型にはまった修行とは違うんだ。 今まで多分、護身術しか習わなかったろう? そりゃそうさ、俺がジンでもそうしたから。 白く滑らかな肌に傷つけてまで戦闘の技を教えるなんて、ジンにだって 出来なかったろう。 「んじゃハジメー。二人とも殺さない程度に頑張れ」 ジンの間の抜けた声が、ザワリと俺の神経を逆撫でした。 ‥く‥っそ‥‥! 卑怯者め‥‥!! ゴゥと全身に殺気をみなぎらせたが、カイトさんにじゃない。 ジンに向かってだっ!! 「おいおいレイザー、俺じゃないって。あっちあっち」 ジンの指差す方向に、チッと舌打ちして振り返る。 俺は目を見張った。 す‥‥ごい‥! 美しい白金のオーラが、うねる様に、しなる様に、カイトさんの全身を包んでいた。 柔軟でしなやかなパワーは流れるように淀みなく、濃密で、鋭さも愚鈍さも持たずに ただ静かに周囲の空気を圧している。 静謐な蒼い瞳の淵に、僅かに殺気が宿る。獲物を見据える、気高い獣の目だった。 俺は圧倒されるように、一歩退いた。途端、カイトさんが軽く地面を蹴り上げる。 フワリと舞い上がった体が、一転鋭く切り込んでくる。 速いっ‥! その細い体のどこからそんな力が? 想像し得なかった重さの拳が、俺の頬をかすめる。 手加減できないっ‥‥手加減、どころか‥‥‥! 防戦一方の俺は、体制を立て直すため、ガードが空くことを承知で一歩踏みこんだ。 カイトさんは易々と避ける。俺は大きく飛びのき距離をとり、右手にオーラを練った。 「あ、こらこら。言い忘れてたが必殺技禁止だ。 こいつ、発まだ覚えてねーんだよ」 チィッ‥‥! また一つ舌打ちしたが、さっきとは焦燥感が違う。 発も知らない初心者が、これほどのオーラを練るのか‥‥! 一体今まで、どんな修行をした!? 大の大人の男でも、血反吐を吐いて這いつくばるような修行だったはずだっ! ジン‥‥アンタやっぱり、イカれてるぜ‥‥! レイザー、偏見は良くないわ あぁイータ。その通りだな。 彼女は強い。 一瞬の油断が勝負を分ける。 くそっ‥‥惚れた女を相手に不本意だが‥‥‥ 久 々 に、 い い 感 じ だ ぜ‥‥‥! 思考はそこまで。 あとは無心だった。 唸る俺の拳が頬を掠めても、彼女は瞬き一つしない女だった。 涼しげな瞳に蒼い殺気を宿らせて、俺の空いたガードを容赦なく狙う女だった。 打ち合うこと数分。 スピードは互角。体力では、俺が勝るか? いや、彼女を見掛けで判断できない事は、嫌というほど思い知らされた。 力尽き勝負に出る振りをして、フェイントを仕掛けてくるかもしれない。 気を抜けない。策を練るうちに、大木の際まで追い詰められた。 打撃も蹴りも、俺の方がリーチが長い。俺に距離をとらせないつもりだ。 動きに無駄がない。腕だけでなく、頭もいい。 させるかっ‥! 相手の体を突き放すように強引に拳を前に出すと、彼女はそれを避けず、 左腕で絡めとった。 腕力では完全に俺が勝る。細い体は俺の腕に巻きついたまま宙を反転した。 このまま俺の背後に回るつもりか? 俺の拳のスピードにのって? じゃあ俺は、彼女の体を離さない。接近戦で一気に勝負に出る! その時、木の根に足を取られた。思ったよりも木に近づいていたらしい。 カイトさんにとっても不測の出来事。 「「ぅわっ‥わわっ‥!!」」 二人、もつれるように倒れこむ。 とっさにカイトさんを守ろうと、俺は下に回り、上から落ちてくる彼女を抱きすくめた。 俺の腕は細い体を一周し、不本意ながら、指先が彼女の股間に触れた。 ‥‥‥‥‥‥。 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥!!!!!!! ‥‥‥‥‥つ、付いてる――――――!!??? その瞬間、ガツンと後頭部を木の根に打つ重い衝撃。 暗闇に星が舞う。 腹の上にカイトさんのごく軽い体重と、首元に突きつけられた鋭い手刀を感じる。 「ハイ、そこまでー」 ジンの相変わらず緊張感のない声が、抜けるような青空に響いた。 「んだよ、レイザー! だらしねーなっ!!」 「違うんです、ジンさん。レイザーさん、木の根に足を取られて‥‥」 「わーーってるよ、んな事!!アクシデントも想定の内だろがっ! 大体こいつ、受け身もとらずに倒れただろ! 何に驚いたんだか知らねーが、そのまんま頭を木の根に衝突させやがった。 木が傷まなきゃ良かったんだが‥‥」 ジンの軽口が、俺の耳を素通りしていく。 付いてる‥‥‥付いてる‥‥‥! カイトさんに、付いてる―――‥‥!! なんであんなモノが、カイトさんに――――!!? 「カカカカカッッ‥‥! 付いっ‥つつつつ、こ、こかっ‥‥!!!」 「‥‥‥」 「‥‥‥」 二人が怪訝な顔で俺の顔を覗くが、パニックは収まらない。 「ジンッ‥!ジンッ!カイッ‥‥決定‥‥なのにっ決定なのにっっ!! つ、付いてっ付いてるっっ‥‥!!!」 「んぁー‥‥筋肉バカが、頭ぶつけて本物のバカになっちまったか‥‥」 「もぅジンさんっ! レイザーさん、大丈夫ですか? 落ち着いて‥‥」 「か、カイトさん‥‥‥俺、俺はっ‥‥‥!」 「レイザーさん‥‥?」 カイトさんが俺の傍らに跪き、そっと頭を起してくれる。 心配そうに曇った瞳に俺のマヌケな顔が映って、俺の心の中で一つ、 新しい水路が開けた。 カイトさん‥‥‥。 俺は確かに、この人に恋をした。 蒼く清浄な瞳に恋をしたんだ。 その人にはすでに心に決めた男があって、叶わぬ恋ではあったけど‥‥。 偏見は良くないわ、レイザー 全くだ。俺はやっと理解した。イータの言葉の本当の意味を。 自分が何て無意味な偏見に捕らわれていたのかを。 「カイトさん‥‥」 「はい」 眉を寄せ、心から俺を案じてくれるカイトさん。 この人に、こんな風に看取られて死ねたら、どんなにか幸せだろう。 俺は胸元に添えられたカイトさんの手に、そっと自分の手を重ねた。 「また、遊びに来てください。体育館に‥‥」 「あ、はい‥‥」 「それから悩みとかあったら‥‥電話ください。俺、相談にのるから‥‥」 「はい」 カイトさんが小さく息を吐いて、微笑んだ。 あぁ、たとえ付くモノが付いてようと、この人の吐息はこんなにも甘い―――。 「おいっ!!いつまでカイトに甘えてやがるっ!! しゃべれるんならとっとと立てよ、ったくドサクサ紛れに‥‥手ぇ離せっ!!」 「あぁ、はいはい――‥‥」 ちぇ、ったく、嫉妬に狂った男は醜いねぇ――‥‥。 カイトさんは、アンタに夢中だよ。 こうまでこの人を独占してて、まだ足りないってのか? 「あの、楽しかったです。また勝負してください」 「あぁ、喜んで」 俺はきっぱりと答えて立ち上がり、ゆっくりと天を仰いだ。 空は真新しい友情を祝福するように、どこまでもどこまでも青かった。 end. (050504) ------------------------------------------------------------------------ →トップ |