「G・I にて U」-04 ------------------------------------------------------------------------ 翌日、結局徹夜だったらしいジンは、カイトを迎えに行くというのを口実に 早々に城を抜け出した。 でも浮き浮きと軽い足取りは、あながち口実でもないように見えた。 何となく皆とホールで待って、扉が開けばジンがやって来る。 カイトって人は? そう聞こうと思った時、ジンの背後から、ひょっこりと小さな顔が覗いた。 「よーカイト!でかくなったなぁ」 声を張り上げたドゥーンに彼がペコリと頭を下げると、採れたての蜂蜜みたいな 色の髪が、肩先でサラリと揺れた。 皆が次々に声をかけるのに、はにかんだ控えめな言葉で答える。 ほんの少しだけハスキーな声は、古い銀の鈴を転がしたみたいに心地よい 落ち着いた響きだ。 俺は聞いてなかった。 教えてくれたっていいじゃないか。 ジンの‥‥‥その、関係は何だか分からないが‥‥‥とにかく名うての ハンターであるジンの傍で修行してるというから、どんな不敵な面構えの 男かと思えば‥‥。 その男がこんなにも折れそうに細い華奢な少年だなんて。 こんなにも涼やかで、清潔な香りの少年だなんて。 柄にもなくドキドキした。意味も無く、その場で何度か足踏みする。 イータが何事かカイトさんに言った後、俺は慌てて手を差し出した。 「カイトさん。これ、部屋の鍵。 部屋は2階に上がってすぐ右手が空いてます。 後で新しいシーツ持って行きますから」 何だか俺、早口だ? 落ち着いて考えりゃ、慌てる必要なんてどこにもないんだが‥‥。 「あ、すみません‥‥」 つられたのか、カイトさんも慌てたように手を伸ばすのに、ジンが 横から鍵をかすめ取った。 「いいんだ、コイツは。俺の部屋に泊めるから」 「え、でも部屋は沢山あるし。気にしないで・・・」 そうさ、部屋はいっぱいある。 遠慮なんて、ジンらしくない。 それに修行中の身とはいえ、一人部屋でゆっくり旅の疲れを癒す権利は 彼にだってある。 「ウォッホ‥‥ンン‥‥ン」 「あー、ゴホン‥‥ゴホン‥‥」 「んん‥‥ケホンケホン!」 ドゥーンが、リストが、イータが、なんてワザとらしい咳払い。 何だ? 俺、何かマズい事言ったのか!? すっとぼけた表情で、ジンが天井を見る。 カイトさんは‥‥‥‥あ、俯いてしまった。 マシュマロ色だった肌が、あっという間に耳まで桜色になった。 分からない事だらけだけど、とにかく俺は彼に恥をかかせたらしい。 見るからに謙虚で控えめな態度の彼に、必要のない恥をかかせた。 なんだ? 部屋は一緒じゃないとマズいのか?? ‥‥そういえば、親の顔も覚えていない彼は、ずいぶん幼い頃からジンの 元にいると聞いた。ジンは文字通り、彼の親代わりだったのかもしれない。 同じ部屋に寝るのが昔からの習慣で、それを人に知られるのを 恥じているのかもしれない。 「あ!そういえば、あの部屋。 床が抜けて使えなかったなー‥‥」 騎士道に燃えるって、こんな感じか? 消え入りそうに身を縮めた彼に、俺は精一杯の謝罪を込めて、 取り繕いの言葉を呟いた。 着いて間もないというのに、ジンはカイトさんに適当な指示を出すと、早々に 自室に引き揚げてしまった。 例のトカゲを倒してこいって‥‥‥あれ、けっこう難しいと思うんだけど。 あんなに細い彼じゃ、トカゲのたてる地響きだけでふき飛ばされそうだ。 ちょっと薄情じゃないか? 誰か付いて行った方が良い。何なら俺が‥‥。 「あ、ねぇレイザー! これからコンピュータ室に人がいっぱい出入りするから、模様替えしたいのよ。 通路が狭くて嫌になっちゃう。ちょっと手伝って!」 「え? いや、俺は‥‥」 「あれ、何か予定あった?」 「いやぁ、予定はないよ。 でも、あーと‥‥何だったら俺が一緒に‥ってのはその、変だろうか?」 「??? 何言ってるの?? ダメなの?」 「いや、ダメではないよ」 「じゃあいいんじゃないっ! もー早くっ!!」 「う? あ、あぁ‥‥」 俺は昨日のジンよろしく、双子に連行された。 颯爽と城を出るカイトさんの後姿を、ぼんやりと眺めながら。 「そこ違うってば! その机こっち!! そこに置いたら、ますます通路が狭くなるじゃないっ!」 「ふぇ?あ、おぉ、スマン‥‥」 「どうしたのよさっきから。何か心配事?」 イータが俺の顔を見上げる。 心配‥‥? あ、そうか。俺は心配なんだ。 何だか浮ついてボンヤリしてしまうのは、心配だからだ。 「そりゃ心配っスよ。カイトさん、今頃トカゲの腹の中じゃないかと思うと‥‥」 「あぁ、そういう事。平気よ平気。カイト君、ああ見えて強いから」 「でも心配してんのは、レイザーだけじゃないみたいだけどね。見てよあれ」 エレナの視線の先を見る。 部屋の小窓から、吹き抜けになった一階のホールが見える。 そこにはジンがソファにふんぞり返り、ドゥーンと笑い合っている。 大して重要そうな話をしているようには見えない。 「寝るって言ってたくせにねー」 「私達の手前突き放してみたけど、結局心配なのよ」 「そぅそ、あれはもう決定ね。ね?私が正解だったでしょ?」 「うん、そうね。あれはもう決定ね」 え、何が? 何が決定? 頼むから俺に分かるように話してくれ。 双子は部屋を整頓する手は休めず、同時にぺちゃくちゃとよく話す。 女って生き物は、なんでこうも器用なんだ。 「ほらレイザー!この棚、そっちね」 「な、何が決定?」 「はぁー? 決定って何が?」 俺が考える間に、話題は光の速さで移り変わっていたらしい。 「だから‥‥‥カイト、さん‥‥」 「あぁ、あぁ、その話ね」 「だーかーらぁー、ジンとカイト君は、もう決定ってことよ!」 だーかーらぁー、その決定というのが分からない‥‥。 「レイザーって、カイト君と並べて天然記念物にしたいくらい鈍いわねー。 二人は師弟関係から、一足飛びに恋愛関係になったってことよ。 つまり恋人同士になったの! もーー恥しいな、こんなこと言わせないでよ」 「一足飛びー? あり得ないわよ、モタモタしてたに決まってるって」 「そう? だってあの手の早いジンよ?」 「そりゃそうだけど、相手はあのカイト君よ?」 「‥‥それもそうねー!」 華やかな女性の笑い声の中で、俺は再び立ち尽くした。 →Next (050418) ------------------------------------------------------------------------ →トップ |