「ハンター大作戦」-前編 ------------------------------------------------------------------------ 愛用の刀を部屋に一脚しかない薄汚れたソファに放ると、カイトはゴロリとベッドに仰向けに寝転んだ。安い木製のベッドがギシリと軋む。以前にジンと訪れたこの街。その時もこの安ホテルに寝泊りしてハントの拠点にした。しかしやはり、ここにもジンの手がかりはなかった。 まぁ期待はしてなかったけどな‥‥ ジンの今までの軌跡を追っても無駄だろう。あの人は、常に進化している。常に新しい刺激を求め前に進んでいる。ジンの今までをなぞって遡るより、これからを追いかけるべきなのだ。どんな噂も逃さず手に入れてジンが興味を持ちそうな情報を追う。それが早道なのは分かっているが、ジンがハントに乗り出した途端、その噂は跡形も無く消え失せるだろう。電脳ページ上からも、人々の口からも、まるでその噂自体が無かったことのように。 このハントはどんな狩りよりも難しい。しかし自分は時間をかけるわけにはいかない。だってそうじゃないか。何年も昔からほんの数日前までずっと行動を共にしてきた。誰よりも自分は彼の事を知っていなければいけない。その思考、行動パターン、人脈。いつも彼の傍にいて全てを見てきたはずの自分がその居所も突き止められないようでは、今までの月日は何だったのかと言いたくなる。情けなさ過ぎる。第一、彼に申し訳が立たない。 絶対に見つけ出す。それも、近日中に。 その時、サイドテーブルに置いた携帯が震えた。すぐに出て短く言葉を交わす。 「そうか‥‥いや、こっらこそ面倒を頼んで‥‥。うん‥‥うん、じゃあまた」 ジンと自分の共通の知り合い。その人物の住居に先日立ち寄った。酒を酌み交わし楽しく時を過ごしたが立ち寄った一番の目的はジンの最新情報を得ること。自分が今最終試験の最中である事を話し、情報を求め、彼は心当たりを当たってみると約束してくれた。その結果報告が今の電話。手がかりは全くナシ。 一つ、溜息をつく。友人の声の調子に嘘はなかった。なかったけど‥‥彼も優秀なハンターだ。その気で嘘をつかれれば見破れる自信はない。協力を約束してくれた者を疑うのは気が引けるが彼は自分の友人であると同時にジンの友人でもある。すでにジンの手が回っている可能性は高い。それならそれで、協力できないとハッキリ断わってくれるのなら全く構わないのだが、そう、あのジンの友人なのだ。ジンと一緒になって面白がっている可能性も、これまた十分すぎる程にあるから始末が悪い。 どうすりゃいいのかなぁ‥‥。 とにかくアンテナ張巡らせて、探しに行く先の近場にいる者には話を聞いて‥‥。 手の中の携帯電話見つめる。 これで連絡するしかないか。 ちょっとみっともないけど、体面を気にしてる場合じゃないしな。 ボタンを操作し、個人データを見る。今はこの人脈がどんな高価なお宝よりも貴重だ。誰から話を聞こうか‥‥どうやって話を切り出せばいいかな。知人を頼るのは諸刃の刃だ。知ってるけれど知らないという嘘ならまだいい。ジンの指示で冗談のような嘘の情報を吹き込まれることも想定しなくてはいけない。なるべくまだ、ジンの手が回ってなさそうな‥‥仮に手が回っていても俺を面白がるネタにしなそうな人がいいんだけど‥‥。その時、次々とデータを表示させていたカイトの指先が止まった。画面の文字を凝視する。そこには呼びなれた男の名があった。 ジン=フリークス 心臓が早鐘のように鳴る。今‥‥今、この番号に電話をかけたら一体どうなるんだろう。いや、どうにもならないに決まっている。ジンさんに、そんな手抜かりがあるわけがない。通話不能になっているはずだ。しかし番号自体を不通にするだろうか? この番号を知ってる者は多くはないが、それだけに受ける電話の用件は重要だ。といっても最終試験を始める前から予め新しい番号作って皆に伝えておけば良いだけの話だが、面倒じゃないか?俺からの電話だけを拒否するようにしているんじゃないか? それなら‥‥例えばこのホテルの電話からダイヤルすれば繋がるはずだが‥‥。やはり番号自体を使用不能にしているだろう。カイトが自分の携帯を使わずに電話してくる可能性を考えないジンではない。やるなら完璧にやる。そういう人だ。 そう‥。完璧か、そうじゃなければ救いようが無いほど抜けてるか、どっちかなんだよな‥‥。 自分以外の者は余り知らないことだし、ジンは認めたがらないが、あの人にはそういう所がある。人智超えた壮大な計画を立て、それを現実にする能力もあるくせに一番最初の基本の基本、初歩的な部分がウッカリ抜けていていたりする。もちろんそのミスが周囲に知れる前にうまく隠蔽して辻褄を合わせてしまうけど。でも確かにそういう所があるんだ、あの人には。 だから今回も、もしかしたら‥‥。 ボタンに触れる指先が震えた。例え繋がったとしても着信した時点でジンはカイトからの電話だと気づくだろう。そんな時、ジンはどうする?考えろ。自分がジンの全てを知っているなどと奢ったことを言う気はないが、自分は幼かったあの日から、ずっと彼の傍に居た。誰よりも長い時間を彼と過ごした。‥‥彼はどうする?考えろ。自分だけが知っている彼の行動パターンを元に想像を巡らせろ。彼に関して経験に裏打ちされた想像が出来る。このことが自分の唯一の武器と言っていい。 カイトは暫く小さな液晶に浮かんだ文字を凝視していたが、やがて結論を出した。 可能性として一番に高いのは、ジンの携帯の番号自体が不通になっている。 次の可能性としては‥‥‥携帯電話の存在をジンがすっかり忘れている。 そしてジンの携帯電話が鳴り、それがカイトからであると分かり、さらに自分が携帯電話に関して完全に抜けていた事にジンが気づいたら‥‥‥。 ジンさんは、間違いなく電話に出る。 理屈じゃない。俺には分かる。あの人は、絶対に電話に出る。ミスをした自分へのペナルティとして必ず電話に出るだろう。そして長くは話さず、ちょっと負け惜しみを言ってすぐに切る。それで十分だ。背後の物音、声の調子、ノイズの有無、短い通話時間でも膨大な情報が得られる。 不通になっていても繋がっても、自分にとって損はない‥‥。 カイトは意を決した。一瞬の逡巡の後、通話ボタンを押す。携帯を耳に押し当てる。その指先はまだ、僅かに震えていた。 →next (040923) ------------------------------------------------------------------------ →トップ |