「ハンター大作戦」-02
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トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥



繋がった―――――!

カイトの緊張をよそに、あっけないほど軽やかに呼び出し音が耳をくすぐった。
繋がった‥‥やっぱり忘れてたんだ。ジンさんのパターンを知る俺の勝利だ。繋がったからにはジンさんは必ず電話に出る。何故なら、ジンさんはそういう人だから―――。

声が聞ける。
それだけで笑ってしまう程に顔が上気する。
ハンター試験を受けて合格し、帰った時にはもう家にジンの姿はなかった。
あれから一週間。ハンター試験の期間を入れれば二週間、ジンの顔を見ていない。たった二週間。しかしカイトにはもう二年にも相当するような長い二週間だった。どれだけ彼が自分の生活の中心であったかを思い知らされる。声が聞ける。それだけで今、電話をかけている本来の目的を忘れてしまいそうだ。

しっかりしろ。浮かれてる場合じゃない。

自分を叱咤するが、呼び出し音の軽快さに合わせて鼓動は早まるばかりだ。

トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥‥‥ガチャッ!

呼び出し音が途切れ、僅かに背中が飛び跳ねた。 旧型のダイヤル式電話の受話器が上がる重厚な音。気が付けば携帯を握る手にびっしょりと汗をかいていた。 「も・しもし‥‥」 声が掠れる。耳を澄ますが返事は無い。ずいぶんとアナログなノイズ音がする。古いテープレコーダのカセットテープが擦れてやっと回っているような‥‥。これは‥‥何だ?留守録の応答にしては随分と古めかしい。懐かしさを感じる雑音だ。訝しく思っていたが、やがて耳に流れてきた追い求める男の声。



『おはよう!カイト君!!』



‥‥‥は? ‥‥これ、ジンさんだよな‥‥‥?


カイトは目を丸くするがテープの声は淀みなく続く。


『今回の君の任務は、ある男を探し出すこと。今までの任務に比べ数段の困難が予想されるが、君なら期待に応えてくれると確信しているっ! これまでの経験を活かし存分に頑張ってくれ給えっ!』


"君"って‥‥‥"くれ給え"って、ジンさん‥‥‥‥


『補足だが、言うまでもなく携帯電話で情報を得ようなどという安易な発想は彼の機嫌を損ねる可能性がある! 十分に注意するように』


‥‥あ、ヤバい。
猛烈にヤバい予感が‥‥‥


『ではカイト君の健闘を祈る! 尚、このテープは3秒後に自動的に消滅する』


え、ちょ、3びょ、しょうめ、えっ‥‥。


考える間もなく手にした携帯が急速に熱を帯びる。あっという間に火に炙られた鉄を握っているような熱さを手の平に感じた。


「‥ぅあっちぃっ!!!」 

‥‥ボカンッ!

思わず放り投げた携帯電話は放物線を描いて宙を舞い、床に落ちるのを待たずに派手な音を立てて砕けた。思ったよりも破片は散らばることなくバラバラと落ちる。そして床に触れた途端‥‥。

パパパパパパンッ!

小気味良い破裂音。僅かに上がる白い煙。それが晴れると‥‥ホテルのシミだらけの木の床には、色とりどりの小さな万国旗と造花が散らばっていた。




*  *  *  *  *




ベッドに腰掛けた姿勢のまま、しばらく動かなかった。何が起こったのかを理解し、ポカンと開いた口のみっともなさに気づいてそれを閉じ、砕けた腰に力が入るようになるには多少なりとも時間が必要だったからだ。ヨロヨロと立ち上がり、かつては携帯電話であったはずの華やかな装飾品の傍まで歩くと、ぺったりと床に座り込む。ベビーピンクの愛らしい薔薇の造花を一つ手に取った。

ジンさん、優しいよな。
耳元で破裂したら危ないから、俺が電話を手放すように細工したんだよな‥‥。

的外れな物想いであることは分かっている。しかしそうでも思わないことには自分が可哀想過ぎる。 僅かに視界が霞んで、手にした造花がぼやけた。

‥‥俺の――――俺の携帯電話‥‥‥‥気に入ってたのに‥‥‥
つーかその前にデータ‥‥‥‥‥‥今ンとこ唯一の‥‥唯一の手がかりが―――‥‥

どれくらい造花を見つめて座り込んでいただろう。カイトはグスンと手の甲で鼻をこすると再び覚束ない足取りでベッドに戻った。そしてうつ伏せに倒れ込むと枕に顔を埋め、ほんの少しだけ泣いた。



end.                                             (040923)
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