「Uninvited Guest」-02 ------------------------------------------------------------------------ 「うっし!完了ー!」 「思ったよりも手こずったな」 「まぁな。けど一石二鳥でかえって良かったぜ」 切り立った谷間の底に作られた隠し扉の最奥。 ジンの足元を埋め尽くす半死半生の男たち。 そしてその先の石台の上には、大人の握りこぶしほどもある 鳩の血がしたたる色のルビーが鎮座していた。 「さーて、こいつをどうするかだな」 「だけどジン、これは持ち帰らないって約束だろ?」 「そうじゃなくてさ。封印と銘打って張巡らせてあった念は俺らが全部 解除しちまっただろ。この谷を降りられさえすれば、今これは誰にでも 持って行き放題だぜ」 「そういや、そうか」 「もっと強力な結界を作るか。条件はそうだな、村の長だけが触れられてー、 神儀の時だけ持ち出せてーっと。なんか面白いトラップ作ろうぜ。 落とし穴作って落っこちた奴は自分の家に瞬間移動しちゃうっての、どぉ?」 「いいねそれ」 ジンと数名の仲間は古代の女王エリザベスが身につけていたという幻の ルビーを追ってこの秘境ともいうべき未開の地に来ていた。 見る者を惑わし、手にする者に絶対の権力を与えるといわれる魔性のルビー。 ここに来て、それがこの地に住む者たちの信仰の対象になっていることを 知ったが正確な隠し場所は誰も知らないし、実際に見た事がある者すらいなかった。 初めは神の拠る神聖な場所を余所者が荒らしにきたと村人達に冷たくあしらわれたが 数日間滞在する内に親しくなった。しかも別口の悪質な盗掘者が村に入り込んだと いう情報もあって、途中からハントの目的にはルビーを見つけだすことの他に 盗掘者を捕らえ、ルビーを守って欲しいという長老達の依頼も加わっていた。 報酬はルビーを探し出すことの許可。この目で拝んでしまえば余程劣悪な 保存状態でない限り、持ち帰るつもりは初めからなかった。 盗掘者の中にトレースの能力を持つ者がいたのが誤算といえば誤算であった。 仲間の一人とどこかで接触したらしく、ポインティング・ドッグのようにしつこい 追跡に合い一時期こちらの行動が筒抜けになった。その時点で文献を調べる ために街へ行かせていたカイトはそのまま家に帰した。敵は一人一人、闇討ちを 狙う可能性が高い。練の修行を始めて間もないカイトが一人で村に戻るところを襲われたら ひとたまりもない。その後はちょっかいを出してくる奴は適当にあしらって追い返し、 監視の目はあえて気にせずルビーの探索に専念した。お宝を見つければ向こうから 勝手にやってくるだろう。それまで余り痛めつけては警戒させてしまう。そしてルビーと 盗掘者の一挙両得一網打尽作戦は見事に成功し、全てはジンの思惑通りに進んだ。 捕らえた盗掘者たちをその筋の者に引き取りに来るよう連絡し、トラップ作りに 夢中になって気が付けば日が暮れていた。村落へ戻ると村中総出でジンたちを 迎え、たっぷりと用意された湯に浸かって着替えをする。渡された異国風の貫頭衣は 真新しくゆったりとして着心地が良い。酒宴の席には美しい娘達が侍り、松明が掲げられ 勇敢な客人を労う祭が始まる。陽気な打楽器が鳴り響く中、皆が順に酌にやってきて 口々に礼を言う。それが一段落するとジンが腰を浮かせた。 「さぁてと、帰るか」 「なんだよ。一晩寝て朝帰ったっていいだろ」 「んー、お前らそうしてけ。俺は帰る」 ジンがそう言うと、仲間の目が細くなり口端がニヤリと持ち上がる。 「‥‥なんだよ」 「カイトが心配なんだろ」 「何言ってんだ。盗掘者は全員御用だ。もう危険はないだろ」 「じゃあ一晩、ゆっくりしてったっていいじゃねぇか。 あの娘、今夜お前に夜這いかける気満々だぜ」 仲間が目線で示した方を見ると、女達の中でも一際美しい長い黒髪の娘と 目が合った。もてなしの為だろう、肩と胸元を露わにした衣装から見える褐色の 肌が艶やかに光っている。腰も手首も足首も折れそうな程に細いのに、張詰めた 胸の起伏は十分に豊かで誇らしげに上を向いている。自分の若さと美しさを知る 切れ長の瞳が明らかに挑発している。ジンが眼に力を込める。 しかし娘はその視線を易々と受け止め色香を含んだ微笑みを口元に浮かべると 蠱惑の眼差しをゆっくりと流して恥ずかしげに顔を逸らせた。 「‥‥悪くないな」 「だろ?」 「でも帰るけどな」 「なんでだよー! 勿体無ェじゃん。お前らしくないぜ」 「何だよ、俺らしいって」 「お前、やる時はやる男だろ」 「そうだけどさ、今回はいいや。めんどくせ。お前やっとけ」 口先をとがらかせていた仲間の顔が再びニヤつき、からかうような口調で言う。 「まー確かにカイトはそんじょそこらの女よりもキレイだし、おまけに賢いもんな」 「そんなんじゃないって。俺は家の枕じゃねぇと眠れないんだ」 仲間がぷっと吹きだすのを軽く頭を小突いてジンは立ち上がり、目立たぬように 長に別れを告げると早々に村を出た。闇に包まれた密林をさらに濃い影となって駆け抜ける。 そして深夜には小さな街に着き、空港からカイトに連絡を入れた。 「寝てたか?」 「いえ、起きてました」 「そっか。こっち片付いたぜ。今そっちに向かってるから着くのは朝だな」 「はい。お疲れ様でした」 「あー‥‥カイト」 「はい?」 「おかしな気配はないか?」 「えーと‥‥特に気が付きません」 「俺が戻るまで気をつけとけ。誰か近づいたら逃げろ」 「はい」 ハンターをしていると逆恨みも甚だしい恨みを買うことが多い。 村に戻る道すがら盗掘者達を締め上げると、小規模の密売組織の中の一チームで あることを白状した。そこそこの使い手だったから組織に属しているのは意外であった。 すぐにそちらの方にも手は打ったが、村の外に連絡係が居たかもしれない。 村に潜入した者からの連絡が途絶え、組織の幹部にはハンター協会の手が回り 異変に気づいてどうするか。 仲間が言うようにジンはカイトが心配だった。もしそいつがカイトの存在に気づいて 跡をつけていたら。カイトを人質にとって捕らわれた者達の解放を要求したら‥‥。 だがあくまでも可能性の中の可能性の話だ。十中八九、心配はない。 それに下っ端の雑魚が相手なら、カイトもそう易々とやられはしないだろう。 俺はカイトに関して心配性がすぎるかな。 仲間にもカイトにも、こんなことは言えたもんじゃないぜ。 そう思いながらもジンはハンターカードに無理を言わせ、チェックインを締め切った 離陸直前の飛行船に駆け込んだ。 →Next                       (040429) ------------------------------------------------------------------------ →トップ