「Uninvited Guest」-03
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「おーい、カイト。ちょっと手ェ貸してくれ」
足音が近づいて来た時から、ジンの帰りには気づいていた。
夜っぴいて移動して、おそらくは余り眠っていないジンの為に
南瓜のポタージュを作る手を止めて玄関へ急ぐ。
「おかえり‥‥」
廊下に出た途端、絶句した。
「その人は?」
ジンの肩には、男が担がれていた。
ぐったりとして、ピクリとも動かない。
「森で倒れてた。気ィ失ってるだけだ」
ジンの荷物を受け取り、後に続く。
疲れているはずだがハントが上手くいって気分がいいのか、ジンの
足取りはゆったりとして、妙に上機嫌だ。
しかしその男、森で倒れていたというには随分変わった格好だとカイトは思う。
うつ伏せに担がれているのでカイトからは男の背中が逆さまに見えるだけだが
夏だというのに黒い厚手のコートを身に纏い、襟足にファーまで付いている。
そして背中の中央には大きな十字架の刺繍。カイトから見て十字架が正しい
向きに見えるという事は、男が自分の足で立った時、それは逆さ十字に
なるということだ。
ヘビメタとかやってる人なのかな。
こんな辺鄙な森ん中で、何してたんだろ。
早く昨日のハントの話を聞きたかったのに、随分突然のお客さんだ。
ジンはその男を軽々と担いだままリビングに入り、ソファに降ろす。
後姿だけを見ていた時はその服装からどんな恐ろしげな男かと思ったが、
ソファに寝かせられた顔を見ると小作りで幼く、まるで女のように美しい。
短く揃った眉は整えた跡もないのにすっきりと直線で、
伏せられた睫は黒く長い。透き通るような白い肌に浮かんだ唇は
赤く色づいた果実のようだ。額に彫られた刺青は本来ならもっと異様な印象を
受けるべきだろうが男の端正な顔立ちによく似合い、違和感がない。
後ろに撫で付けられた髪は朝露に濡れ、烏羽色とはこういうのを言うのだろう。
見たところ、外傷はない。しかし衣服はひどく乱れている。
上半身はコートの下に何も身につけていないし、ズボンのチャックはぎりぎり
閉じてあるがボタンははずれている。
「まずは風呂に入れないとな」
「‥‥‥はぁ?」
ジンの言葉に、思わず間抜けな声を出す。
「いや、だって‥‥地べたにつっぷしてたんだ。泥だらけだろ」
そうか‥‥なぁ?
見たところ、きれいなものだけど。
「背中だよ背中。あと腰のあたり。
そのまま寝かせといたら、ソファがダメになっちまうぜ」
つっぷしてたのに、背中が汚れてるの?
ちょっと男の体を持ち上げて背中と腰をのぞいてみると確かにひどく汚れていた。
倒れて泥が付いたというよりも、擦りつけたように汚れがすりこまれ、草の汁まで
混じっている。一体何があったというのだろう。膝まであるロングコートに
包まれていたはずのズボンまで土だらけだ。
「風呂より、洗濯の方がいいかもしれないですね」
「そうか?んじゃ脱がせねぇとな」
「俺がやりますよ。ジンさんもズボン脱いでください」
「えぇっっ!!?」
「‥‥‥?」
カイトが怪訝な顔で見返すと、ジンは目を見開き脅えたような顔つきだ。
ゴクリと唾を飲む。
「そいつの服脱がせて‥‥俺もズボン脱いで‥‥‥
それで、どうするんだ‥‥?」
「‥‥?
どうもしないけど‥‥ジンさんのズボン、膝が泥だらけじゃないですか。
一緒に洗っちゃいますよ」
ハッと一瞬、自分の膝下に目をやったジンは明らかに狼狽したようだったが
次に顔を上げた時には、もう平素の顔に戻っている。
「そういえばこいつを抱えようとした時に、地べたに膝ついたな」
そう言って軽く膝を叩く。
嘘ついてる。
カイトにはすぐに分かる。とはいえジンは嘘がつけない人間ではない。
ハンターの仕事に駆け引きの要素は欠かせないし、仕事の上でジンが他人につく嘘や
ハッタリは天下一品だ。それは時折仲間をも欺いて、カイトなどは真っ先に騙され
後になっていい様にからかわれる。しかしジンがカイトに直接つく嘘の大半は
後ろめたさがその背景にあり、カイトがそれを見逃すことはないが
大抵は気づかないふりをしている。
それにしても今回の嘘は余りに白々しい。気づかぬふりが難しいほどに。
膝をついただけって割には、両膝とも随分汚れてるんだけど‥‥‥。
だが外出したジンが衣服をグシャグシャにして戻るのはいつもの事だ。
昨夜の電話の内容からして事情はわからないがジンはカイトの身を案じて急いで戻った。
その途中に何か無茶をして汚してしまい、説明するのが面倒なのだろう。
さほど気にせず男のコートを脱がせにかかる。
「‥‥‥なんですか?」
視線を感じ上を見上げると、ジンがカイトの手元を覗き込んでいる。
「いや、あー‥‥お前一人で、大丈夫か?」
「何が?」
「大の男一人、服脱がすっても大変だろ」
「大丈夫ですよ。この人、軽いし」
確かに男は軽かった。華奢な体つきで胸も薄い。年はカイトより少し上だろうか。
しかしその長身を考えなければ、ずっと年下かと思うような幼い顔立ちと線の細さだ。
それよりもカイトにはジンの方が気にかかる。
ジンはやっと一仕事終え、徹夜に近い状態で帰ってきたばかりだ。
「ジンさんこそ、風呂入ってきてゆっくりしてください。
昨日はお疲れ様でした」
気遣うような笑顔を見せると、ジンの頬がわずかに苦しげに歪んだ。
「‥‥ジンさん?」
「あぁうん。そうだな。じゃあちょっと一風呂あびてくるわ‥‥」
そう言って背中を丸めて浴室へと向かって行く。
「変なの」
その背中を見送ってカイトは呟き、男に向き直りコートをはだけさせる。
ちょっと息を呑んだ。
キレイな肌だなぁ‥‥真っ白で、ツヤツヤだ。
興味を覚えて、ちょっと指先で男の胸元を押してみる。
ずいぶん柔らかいんだな。
細いから、もっと骨っぽいかと思ったけど。
自分の胸も押してみる。
うん、こいつよりは固いよな。
俺は毎日修行してるんだし、これより柔らかかったら大変だ。
調子に乗って、頬もつついてみる。
プニプニと搗き立ての餅に指が吸い込まれるようだ。
こういうの、もち肌っていうのかな。
赤ちゃんみたいじゃん‥‥って俺、赤ちゃんの肌なんて触ったこと無いけどさ。
こんなんで、本当にコイツ男なのかなー。
とはいえその体つきは、確かに男だ。
良かった、コイツが男で。
もしもコイツが女で、こんなにキレイで肌もスベスベで柔らかかったら
ジンさんだって男なんだし、変な気になっちゃうよな。
‥‥‥別にいいけどさ。俺が口出すことじゃないし。
でもこの家で変なことされたら、ちょっと嫌だよな。
そんなことを考えながらカイトは男の身を起こし、肩からコートをはずした。
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