「G・I にて」-04
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キュッ‥‥‥キュキュッ‥‥
体育館に、カイトとレイザーの足音が響く。
スポーツらしいスポーツなど初めてのカイトだが、すぐにコツを掴んで
自由自在にボールを操る。しかしやはりレイザーは慣れたもので
まだ本気を出してはいないだろう。
カイトは何度目かのフェイントを成功させて、やっとハーフラインを
越えるがすぐにコーナーに追い詰められる。
ここで股抜きなんてしたら、格好いいんだけど。
ボールを足の下に敷いて転がすフットサルならではの動きを見せながら
そう考えるが、もちろんレイザーにそんな隙は無い。
モタモタしてたら、タッチラインを割って相手のボールになっちまう。
上体だけで軽くフェイントをかけ、レイザーの体が踏み込んだのを機に
つま先でちょいと持ち上げるようにボールを蹴り上げる。
するとボールは軽くレイザーの胸に当たり、虚をつかれたレイザーの上体が
わずかにのけぞる。それを逃さず、跳ね返ったボールを膝でトラップすると
一気にレイザーの脇を駆け抜けた。
「えー!!やられたっ!ズルいですよ、カイトさんー!!」
すぐにレイザーも体を反転させて追いすがる。
「今の、反則でしたー!?」
「いや、反則ではないけど‥‥初心者なのに、ズルいっすよー!
ちっくしょー!待てー!」
「あははは、待ちませんよー!」
「こいつー!あははは」
「うふふふ」
「きゃっきゃっきゃっ」
若い二人がボールを競って駆け回るのは
まるで二匹の仔犬がじゃれ合うようだ。
窓枠を掴むジンの手に、徐々に力がこもっていく。
まんまとゴール前に躍り出たカイトがシュート態勢に入るが
レイザーもギリギリ、スライディングで間に合って打たせない。
ルーズボールがころころと転がる。
レイザーが体勢を立て直す前にと、ちょっと慌てたカイトの足が
立ち上がりかけたレイザーのつま先に軽く引っかかる。
カイトが前のめりにぐらりと傾ぐ。
「おっと、危ない」
レイザーがすかさずその体を受け止める。
カイトの細い体がすっぽりと抱きかかえられ、
回された逞しい腕に、淡く細い金髪が絡みつく。
‥‥バキィッッ!!!
遂に窓枠が砕け散り、己がたてた破壊音に自分が一番驚いたジンが
窓の下にひっくり返る。
「‥‥何の音だ!?」
「プレイヤーが来たのかな」
「いや、そんなはずは‥‥」
窓の上に近づく足音に、ジンは慌てて逃げ出していた。
俺は一体、何をやってるんだろうな‥‥。
独占欲。嫉妬心。猜疑心。
全て自分とは一切無縁のものだと思っていた。
今までそんな感情を持つ者を、理解すら出来なかった。
昼寝の前に水を飲もうとキッチンへ行った時
エレナとカイトのやりとりを目撃してから、どうもおかしい。
カイトとレイザーが連れ立って出かけたからといって
一体何が起こるっていうんだ。
エレナの、ほんのちょっとしたイタズラだってそうだ。
あいつはあんな冗談を、俺にだってよくするじゃないか。
頭では分かっている。分かっているんだが‥‥。
俺がこんなに、焼き餅やきだったとはな。
痛めた腰をさすりながら、とぼとぼと城へ帰ると
ホールにレイザーの姿が見える。
重い足取りのジンを二人は追い越し、先に城へ帰り着いたのだろう。
「おかえりなさい。どこ行ってたんですか?」
「‥‥‥カイトは?」
「あぁ、さっきドゥーンさんに呼ばれていったみたいだけど」
「‥‥‥‥」
ロクに返事もせずに浮かない顔のジンを、レイザーは心配げに眺めたが
ジンはそんな事にも気づかぬように、肩を落として階段を登っていく。
自室に向かってヨタヨタと廊下を進むと
ドゥーンの部屋から、なるほどカイトの声がする。
相手がドゥーンなら、これ以上落ち込むような事は
起らないだろ‥‥。
そう思いながら、聞くとはなしに会話を耳に入れる。
「‥‥いいぞ、なかなか上手いじゃねぇか‥‥」
秘めるような、ドゥーンの声。
「んん‥‥、でも初めてで‥‥」
それに答えるカイトの声は、何やら息をつめたように強張っているが
突然、小さな叫び声をあげる。
「‥‥あっ‥‥!」
「いーよ、いーよ。そういうもんだ。気にするな」
「でも‥‥手がベタベタに‥‥」
「いいって。それより、もうダメか?」
「はい‥‥限界みたい‥‥」
「そうか、じゃあ全部出しちまう前に、こうやって‥‥
そのままジッとしてろよ‥‥」
あいつら、一体‥‥‥!?
一気に髪が総毛立ち、向こうの壁まで突き破るような勢いで
ドアに体当たりする。
高い天井まで届く重厚な天然無垢一枚板のドアが、その勢いに
薄いベニアにみたいにしなって開き、壁に当たって砕け散る。
転げ込んだはいいがブレーキが効かず、受け身をやり損ねたジンが
再び傷めた腰に手をやりながらキッと見上げると、部屋の中では机に向かって
肩を寄せ合うドゥーンとカイトが怪訝な顔でこちらを見ている。
「ジン‥‥。城、壊すなよ‥‥」
「あ、あぁ‥‥悪い‥‥ちょっと運動不足でな‥‥」
引きつる笑顔で慌てて取り繕う。
落ち着いて二人を観察するが、ちゃんと二人とも服を着ていて
ズボンのチャックも閉じている。
「ところでお前ら、何やってんの?」
立ち上がり、手を後ろに組んでちょっとモジモジしながらジンが聞く。
「いや別に。コイツにプラモデルの作り方教えるって約束だったから」
明らかに様子がおかしいジンに、訝しむような顔でドゥーンが答える。
「ふ、ふぅーん‥‥。プラモデル‥‥。
じゃあえっと、カイトが手に持ってんのは何だ?」
「あ、これは缶のエアブラシです。もうほとんどエアが無いんだけど
全部無くなる前にこうやって手で包んで温めたら
少しは長持ちするってドゥーンさんが教えてくれて」
カイトもジンの様子がおかしいのには気づいているが
笑顔を作ってそう答え、開いて見せた両手は
慣れない塗装作業のせいでベタベタだ。
「そっかそっか。楽しそうで何よりだ。
じゃあ俺は、今度こそ寝るから」
ジンは、転がるドアの破片につまづいたりしながら
おぼつかない足取りで部屋を出て行く。
その背中を見送ったカイトが眉をひそめて心配げにつぶやく。
「ジンさん、どうしたんだろう」
「さぁなー。また外で何かバカなことやって、
打ち所でも悪かったんじゃねーの?」
「‥‥‥‥」
「まぁ単純なアイツの事だ。酒でも飲んでパーッと騒げば
すぐに元通りになるだろ」
ドゥーンは親指と人差し指で杯を形作り
その手を口元でクイッとひねるとニヤリと笑った。
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