「G・I にて」-05 ------------------------------------------------------------------------ 横になったはいいが寝付かれず、ジンは寝返りばかりを 打っていた。足音が近づき、ノックの音。 リストがひょいと顔を出して酒盛りに誘う。 そんな気分でもなかったが、こうして一人で悶々としているよりはと 階下のホールへ顔をだす。 「よぉー!やっと来たな!! 一人で部屋でいちびってやがって!早くこっち来て飲めよ!」 すでに酔いの回ったドゥーンが騒々しく叫ぶ横で カイトが甲斐甲斐しく氷やつまみやらを運んでいる。 そして作業が一段落すると端の方に腰掛けて 酒はほとんど口にせず、黙って皆の話を聞いている。 そんな控えめな様子を見ると、心底自分が情けない。 こいつは、こういう奴なんだよな。 俺の仲間に可愛がられるのは当然だ。 俺は師匠として、それを喜んでいたはずだったのに‥‥。 鬱々と杯を重ね、気が付くとカイトの姿は見えず もう自室に引き上げたらしい。 しかし他の者達はまだ、お開きにする気はないようだ 「このツマミ、美味いっすね。イータさんですか?」 「違うわよー、カイト君。こっちのツクネもすごく美味しいわよ!」 「よく気が付くし、料理は上手いし。ジンは幸せ者だなぁ、おい」 ‥‥何言ってやがる。初めの頃は、クス炭みたいな ハンバーグばっかだったんだぜ。俺がそれに耐えたから、 今のカイトがあるんじゃねぇか‥‥。 「それにしてもカイト君、大人になったよねー。 あんなにちっちゃい子供だったのが嘘みたい」 「真面目に修行してる成果だろうが、そんじょそこらの奴じゃ もうアイツにかすり傷も付けられんだろな」 「ですよね。もういつ一人立ちしても立派にやっていけるでしょう」 ‥‥無責任に、分かったような事言いやがって‥‥。 あいつは、まだまだ危なっかしくって、とてもじゃねぇが 一人立ちなんて‥‥。 「そうそう!ライセンス持ってないのが不思議よね。 カイト君を手放したくないからって、ジンが試験を 受けさせないんじゃないのー?」 ‥‥バカも休み休み言いやがれ!! 俺はとっくに試験の許可を出してるさ! それでも奴が試験を受けないのは、あいつの方が俺の側を 離れたくないから‥‥。 グラグラと回る意識の中で、口には出さずにジンはつぶやく。 正体のわからぬ感情がふつふつと湧き上がり それを抑えようとも思わない自分を感じる。 「カイトさんが‥‥」 驚くほど近くに聞こえた声に、ジンの中の何かが切り替わる。 右手に殺意を込める自分を遠くから傍観するもう一人の自分がいる。 「‥‥が一人立ちしたら、寂しくなります‥ブッ!!」 ジンの不穏な様子に、取り繕うように酌をしようとした レイザーの頬に、深々と拳が突き刺さる。 大柄な体が軽々と吹っ飛び、背後の壁にめり込む前に 危険を察知した全員がすばやく腰を浮かしていた。 しかし一瞬で距離を測ったジンの足が、手近にいたドゥーンの尻を 情け容赦なく蹴り上げる。 口から腸が飛び出そうになる衝撃に耐え、とっさに受け身をとったドゥーンだが 着地点が悪く転がった一升瓶に痛めた尻を再び打ちつけ、砕けたガラスが 派手な音を立てて飛び散る。 その隙に、後ろも見ずに駆け出すエレナとイータを庇い しんがりを務めたリストの後頭部を、ジンが投げつけた大皿が襲う。 「ッ!!」 グシャリと嫌な音がして、リストの体は床に水平になって優に5Mは飛び 踏みつけられる蛙のようにベシャリと床に叩きつけられた。 「一撃必殺‥‥」 長々とのびた三人を、据わった目で満足げに見渡したジンは そう呟くとバッタリとその場に倒れこんだ。 翌朝。 ベッドで目覚めたジンは昨夜の記憶をたどるが、飲み初めから 終わりまで、これっぽっちも覚えていない。 飲んで記憶が飛ぶのはいつものことだが ここまでキレイサッパリ忘れているのも珍しい。 しかし己の拳に足先に、生々しい感触が残っている。 思い出すのを頭が拒否しているようだ。 だが、確かめぬわけにはいかない。 わずかに痛むこめかみに手をやりながらダイニングへ顔を出す。 「おはよー!」 「おはようございます」 「おっす」 「ほはよーほさいまふ」 なごやかな声がジンを迎える。 皆の口調も表情も、全くいつも通りだ‥‥が。 頭を包帯でグルグル巻きにしたリスト。 イスから3センチほど尻を浮かして空気イス状態のドゥーン。 左の頬を顔と同じ大きさに腫らしたレイザー‥‥。 食卓を見回したジンは、覚えはなくとも昨夜の己の蛮行を 認めないわけにはいかなかった。 「あぁ‥‥おはよぅ」 神妙に挨拶をして背中を丸めて席につき、カイトが運んだ カップスープに口をつける。 上目遣いに見回すと、仲間の目が言っている‥‥ような気がする。 ‥‥気にしなくてもいいですよ。コレ位、どってことないスから‥‥ ‥‥虫の居所が悪いときは、誰にだってありますし‥‥ ‥‥男の嫉妬は醜いなんて、俺はこれっぽっちも思ってないぜ‥‥ 「俺、ちょっと‥‥」 ジンは居たたまれなくなくなって席を立つと 肩を落としてダイニングを出ていった。 「ジンがあの調子じゃ、困っちゃうわね」 ジンの姿が完全に階段の上に消えると、ため息をついて イータが言う。 「いっはい、とうしたったんれすかれぇ‥‥」 レイザーが心配げに言うのに、双子が答える。 「レイザーって本当、鈍いわねー。 ジンをあんな風にできるのは、カイト君しかいないじゃない」 「あんな焼き餅やきが恋人なんて、カイト君かわいそー」 「えっ‥‥!俺っ!?」 突然の指名にカイトが目を丸くする。 ジンさんの様子のおかしい原因が俺!?? しかも、恋人って‥‥。 困惑と、聞きなれない言葉に感じる羞恥で、たちまちカイトの 白い肌が真っ赤になる。 しかしカイト以外に、その言葉に違和感を感じる者はいないようだ。 「全く、当の本人がこれなんだもん。 恋人だったら、ヤキモキしちゃうかもね。 ちょっぴりだけど、ジンもかわいそー」 ピーナッツバターを塗ったパンをパクつきながら言うエレナに 「あんたも悪いのよっ」と、イータの厳しい声が飛ぶ。 「わかってるわよー。 まさかジンが見てるなんて、思わなかったんだもん」 カイトは二人の会話の一語一句を聞き逃さずに分析するが 何についてのどういう話なのかさえ、さっぱり分からない。 救いを求めるように男性陣へ視線を移すが、みな納得顔で 腕を組み、レイザーまでもが分かったような顔でウンウンと頷いている。 決してカイトとは視線を合わさず 「ここは口を出さないのが賢明だ」と、その表情に書いてある。 「あの、俺‥‥。俺の、せい‥‥?」 恐る恐る、上目遣いのカイトが双子に問う。 エレナとイータが、ピタリとおしゃべりを止めてカイトを見る。 「うーん‥‥カイト君は悪くないんだけど、誰のせいって言われれば カイト君のせいかもね」 「そうねー。ここはご当人同士で解決していただくしかないかもね。 いい加減ジンに立ち直ってもらわないと、作業に差し支えて 仕方が無いわ」 そう言うと二人は傍らに立ったカイトの腰をかがませ、 自分達は目一杯に背伸びをして、カイトの耳に何やらコソコソと 囁いた。 自室に戻ったジンは窓際に腰掛けてぼんやりと外を見ていた。 しかしその目には何も映っていない。 頭に浮かぶのは昨日の記憶。 エレナの挑発に頬を染めて驚くカイト。 レイザーに抱きすくめられ、恥らうように抗うカイト。 ドゥーンの導きにためらいながらも逆らわず、かぼそい声をあげるカイト‥‥。 一夜明けて、その光景は消え去るどころか ますます鮮明さを増して、妄想が入り混じりつつある。 あーーーー!!!もぉいい加減にしてくれっ!! 俺は、どうなっちまったんだ‥‥! 仲間も、そしてカイトも、心の底から信頼している。 みんなカイトを可愛がり、カイトもそれに答えている。 それは俺にとって喜ばしいことで、今もその気持ちは変わらない。 それなのに‥‥‥。 ぐしゃぐしゃと髪をかきむしり、しばらくノックの音にも気づかなかった。 リストあたりが、呼びにきたか。 「まだちょっと眠むてーから、打合わせだったら‥‥」 ジンが皆まで言わない内に、ドアが開いた。 「‥‥‥カイト」 しかしその顔をまともに見る事が出来ずに、フイと目を逸らす。 「聞こえただろ。俺は寝不足で機嫌が悪い‥‥」 言いかけるジンの言葉に構わずに、近づいてくるカイトの歩調に迷いはない。 そして腰掛けたジンのすぐ傍らで立ち止まると、ひたむきに見つめてくる。 「なんだよ‥‥」 その視線を横顔に感じながら、投げやりにジンが呟いた時 頬に、肩に、優しい金色の雨が降り、口元に甘く柔らかい唇が触れる。 カイト‥‥? 目を見開いたまま固まるジンが、自分に何が起きているのかを把握するには 余りに短く控えめで、そして唐突な口付けだった。 ジンがゆっくりと見上げると、今度はカイトが思いつめたように目を逸らす。 「俺‥‥」 「あぁ‥‥?」 ぽつりと切り出すカイトに、まだ呆然としたジンが答える。 「俺は‥‥俺にはまだ、これが精一杯だけど‥‥。 だけど、俺がこんな事するのは、ジンさんだけだから。 他の人には、しないから‥‥」 「あ‥‥ぁ‥‥?」 言葉は確かに脳に届いているが、余りに到達点が遠すぎて 全く感情の方が追いつかない。 呆けたような顔で見上げるジンに、カイトはペコリと お辞儀をすると、その唇を噛み締めたまま足早に部屋を出て行った。 ‥‥その日から、ゲームの改善作業が極めてスムーズかつ迅速に 行われたことは、言うまでも無い。 →Next ------------------------------------------------------------------------ →トップ