「約束」-03 ------------------------------------------------------------------------ 翌朝、カイトは実にすっきり目が覚めた。 昨日の夜は水見式が待ち遠しくて中々寝付けなかったが 修行で疲れた体は長くベッドで目を開けているのを許さなかった。 いつしか深い眠りに落ちて、だいぶ遅くなってからジンが隣に 横たわったのにも気づかなかった。 起きて身支度をすると、朝食の支度に取り掛かる。 トーストが焼けた頃、2階でジンが起きだす気配がした。 「おはようございます」 フライパンの目玉焼きからチラリと顔を上げて挨拶をする。 「あー・・・おはよう」 あれ?と思う。 いつもジンは、こんな丁寧な挨拶はしない。 「あぁ」とか「おぉ」とか「んぁあ」とか、寝ぼけた声が返ってくるだけだ。 何となく振り返り、何となく目が合う。 そうすると、ジンは何となく目を逸らす。 こんな事も、珍しい。 カイトが黙っていると、仕方ないといった風にジンが言う。 「今日の修行だが・・・・ちょっと延期だ。仕事が入った」 何だ、そんな事かとカイトはおかしくなった。 全くいつまでたっても子供扱いだ。 残念といえば残念だけど、ジンの仕事の都合も考えないほど子供じゃない。 「わかりました」と笑顔で軽く答えると、再びキッチンに向き直る。 するとジンは、ほっとした様子で洗面所へと入っていった。 バシャバシャとジンが顔を洗う音を聞きながら、カイトは再び 疑問を感じる。 それにしても、珍しい・・・・。 ジンはもう、ほとんどハントの依頼は受けない。 自分の仕事は自分で決めて、好きな時に取り掛かる。 するとそれを待ち望んでいた者や、ジンを崇拝に近い形で支援する人々から 資金も人手もすぐに山のように供給される。 ジンがそれを、ちょっとうざったいと思うことがある程に。 国家レベルでの依頼すら、興味を感じなければ簡単に断わる。 以前、軍事大国のお偉方から、莫大な報酬と引き換えに依頼が来たが (正式に仕事が始まるまで、依頼内容は機密だというのがジンを怒らせた) 隣町を荒らしまわる山猿の捕獲に忙しいと言って断わったのには笑ってしまった。 それなのに・・・。 依頼が来たのは、おそらく昨日の夜遅くだ。 ということは、個人の依頼・・・? 朝食を食べ終えて、カイトが出かける準備を始めると それを制してジンが言う。 「今日は俺1人で行く。お前は留守番してろ」 「はぁ」 「修行サボんなよ。夜には・・・あー、どうなるか分からんな。 明日の朝には帰ると思うが。だからメシも先食ってろ」 「・・・・はい」 カイトの返事が終わるか終わらないかのうちに、ジンは出て行った。 何だかすごく急いでる。 別に不自然なことではない。 ほとんどのハントにカイトが同行するといっても、 1人の方が動きやすい時もある。 そんな時、ジンは素っ気ない程あっさり出て行くし 帰りの予定を可能な限り細かく伝えていくのもいつも通りだ。 依頼というのも、1人でというのも、あり得なくはない。 ただ珍しいというだけのこと。 しかしそういった事が、いくつか重なりすぎている。 カイトはちょっとその場に立ち尽くしたが ジンさんのやることを、色々考えても仕方ない・・・。 そう思うことにして、着かけた外出着を脱いで、いつもの 修行用の胴着を手に取った。 外に出ると、空は澄み渡っていた。 目を細めて頭上を仰ぐと肩先まで伸びた髪がサラサラと揺れる。 気の向くままに森に入って、お気に入りの場所で立ち止まる。 周囲を見渡すと、すっかりカイトに気を許した小動物達が あちこちから顔を覗かせる。 「よぅ」 ちょっとジンを真似て挨拶をする。 目をつむり深呼吸しながら、気持ち顎を引いて構える。 途端、顔を出していた動物達が木陰に、木のむろに、すばやく身を隠す。 周囲の木々が大きくゆらぎ、葉が音を立ててざわめく。 大地がゆっさりと揺れ、後はゆるやかに振動する。 カイトの練は淀みなく、しなった竹が弧を描いて伸び切るような 弾力を持って四方の空気を圧倒し、まだ伸びしろを残している。 1時間・・・・2時間・・・・。 額に汗が光るがカイトの表情は変わらない。 やがて大きく息を吐くと、美しい白金のオーラが、カイトの体に 吸い込まれるように消えていった。 修行仲間を持たないカイトに、己の実力を知る術はない。 ジンの作る強弱様々なイメージによって、目前の敵との相対的な 力関係はほぼ正確に測れるが、自分と同じく念を学ぶ者、 習得した者達の中でどの位のレベルにいるのかは、全くわからない。 生まれ持った才能で比較すれば、自分はかなり劣るだろうとカイトは思う。 それはそれで構わない。あとは努力で補うだけだ。 俺より弱いものもいれば、強いものもいる。 その程度の認識でいい。 カイトにとって、強さの基準はジンであり ジンに追いついた時が世界で最強になった時だ。 それ以外の者と自分を比べることに興味はない。 それに、目的があってこその強さだ。 ジンに会う前は、強さは生き延びる為のものだった。 今日の強さが、そのまま明日の命につながる。 しかしジンに会ってからは、強さは目的を達成する為の手段に変わった。 強さのみを求める者もいるだろうが、カイトにそういう欲求はない。 俺は守るため、掴むため、強くなりたい・・・。 ふと足元を見ると、野ネズミが不思議そうな顔で見上げている。 その鼻先を指先でちょっと突付くとカイトは森を後にした。 さて、今日はどうするか。 ジンさんの今の仕事、長くかかるかな。 早く水見式やりたいけど、勝手にやったら秒殺だよなー。 いや、秒殺の時はまだいいんだよ。意識が吹っ飛んで終わりだからさ。 俺が何かやらかした時、ニヤッと笑って 「イメージ相手じゃ物足りなかったか。 じゃあ今日は俺が直々に手合わせしてやる」 ・・・なんて言う時が、一番怖いんだよな。 腕ブンブン回しながら満面の笑顔で 「どっちかが血ヘド吐くまでなー」 なんて言うけど、「どっちか」な訳ないっての。 それに血ぃ吐いたって止めてくんねーし。 「唇切れただけだよな」とか言ってるし。 そんな事を考えながらブラブラと歩く。 そういえば、そろそろ買い出しにいかないとな。 大きな街まで足を伸ばして、その先のアヌイ原生林にも行こうか。 そんでこないだジンさんに教わった、ビーストハントの復習しよう。 そうと決めるとカイトは全速力で家に戻り、財布をひっつかむと 街に向かってまっしぐらに駆け出していった。 →Next ------------------------------------------------------------------------ ブラウザ back