「約束」-04 ------------------------------------------------------------------------ 頬を切り裂くような風圧を楽しみながら、カイトは街まで一気に駆けて 人通りが多くなりだしてから徐々にそのスピードをゆるめた。 驚かせちゃって、またケーサツ呼ばれたらまずいもんな・・・。 小走りになりながら急いで行くと、駅やホテルがそびえ立ち 車が行きかう街の中心部に出る。 ここを抜けるのがアヌイ原生林までの最短コースだ。 あ、ジンさん。 車道を挟んだ遊歩道の木陰に、ジンが背中を向けて立っている。 なんだ、こんな近いとこにいたのか。 あれは・・・依頼人?あれが・・・・? まだ二十歳に満たないだろうスラリとした少年がジンの傍らに立つのが見える。 クラシックな黒いスーツに白く滑らかな肌が引き立つ。 黒目がちな大きな瞳とゆるやかなブルネットの巻き毛。 長い睫を伏せ、眉を苦しげにひそめている。 病的に紅潮した頬と濡れたように紅い唇が艶かしい。 知らずカイトは、そっと物陰に身をひそめる。 しかしジンは熱心に少年に語りかけ、カイトに気づく様子はない。 少年がジンの呼びかけに答えるように顔を上げた時 カイトは息を呑んだ。 ・・・・!! その瞳に涙があるのをカイトが見て取った瞬間 ジンがすばやく体を寄せて、少年を抱きすくめる。 細い体に回したジンの片腕は背中に余って腰に回り もう一方の手は後ろ髪をかき上げながら小さな顔を胸に埋めさせる。 そして少年はといえば、まるで壊れた人形のように脱力してジンの体に もたれかかり、ゆるゆると震える指でジンの服を握り締めた。 やがてジンが少年の肩を掴んでゆっくりとその顔を胸からはがしたが 体を寄せ合い、ジンは腕を少年の腰に回したまま 吸い込まれるようにホテルの中へと消えていった。 どれくらいの間、その場に立ちすくんでいただろう。 徐々に視界に色が戻り、騒音が耳に甦ってくる。 今の、ジンさん・・・・? 本当に? しかしジンを見間違うはずが無いことなど、自分が一番よく知っている。 たった今夢から醒めたように五感が覚醒すると かすかに膝が震えていることに気が付いた。 俺は何をしに、ここへ・・・・。 そうだ。アヌイの原生林にハントの練習に行くんだった。 今日は珍しい生き物を見つけられるかな・・・・。 空っぽの頭でそれだけ考えると、カイトはふらふらと歩き出した。 何となく走る気にもならず歩き続けると、原生林に着いた頃には 日が暮れかかっていた。 ・・・・・まぁいいか。 夜行性の動物は、活動を始める頃かもしれない。 今日は遅くなったって、メシを作る必要は・・・・。 そう考えると、またさっきの光景が頭に浮かぶ。 目を固くつむってブンブンと頭を振る。 なんだってんだよ。どうしちゃったんだよ、俺は。 師匠がどこで誰と会ってようと弟子が口出しすることじゃないだろう。 ジンさんだって人間なんだし、それもいい年した大人の男だ。 恋人の1人や2人いて当たり前だし、あの物事に頓着しない性格だ。 相手が男だろうが幻獣だろうが、別に驚くことでも何でもない。 俺があれこれ気を揉む必要なんて、全然全くこれっぽっちもないんだよ。 木々をぐいぐい掻き分けながら進む内に、だんだん腹が立ってくる。 もはやハントのことも忘れ、ただひたすらに前進する。 大体、ジンさんもジンさんだっ! 逢引きに行くんなら行くと、ハッキリそう言えばいいじゃねぇか!! 依頼だの仕事だのって、コソコソと・・・ 何に気を回してんだか知らねぇが、俺はそんなことに これっぽちも興味は・・・・ーーーっ!!! カイトは木の根に足を取られ、顔面から地面に突っ込んでいた。 結局、カイトの怒気と派手に転ぶ物音で、周囲の小動物は全て逃げ出し 小鳥一羽、目にすることは出来なかった。 カイトは溜息をつくと、今日やるべき事は全てあきらめた。 何をした訳でもないのに疲れ果て、よたよたと歩いていると 通りすがりのおばさんに 「あら男前のお兄ちゃん、頭に枯葉がくっついてるわよ」 と、笑いながら言われる始末。 歯を食いしばって髪の毛を思い切りわしゃわしゃとかき乱すと また重い足を引きずって、やっと家にたどり着いた。 腹は減っているが、何もする気が起きない。 冷蔵庫から大根を1本取り出すと、力任せにダンダンとブツ切りにする。 しかしそんな事をしても空腹は満たされないことに気が付いて 結局、立ったまま食パンを1枚、水で胃に流し込むと、コップも洗わずに寝室へ向かった。 →Next ------------------------------------------------------------------------ ブラウザ back