「男たちの宴」-05 ------------------------------------------------------------------------ カイトがリビングに戻ると、ジンはテーブルの周りで甲斐甲斐しく働いていた。 いつもは食器棚になど指一本触れないくせに、以前2人で選んだペアのグラスを どこからか探し出してきて、いそいそと並べている。 「お、やっと来たな。さぁ早いとこ座った座った! カイトの任務完了を祝って、乾杯だ!!」 異様なほどに興奮して、はしゃぎまくっている。 これで普段どおりに振舞ってるつもりなんだから、やはり本当に二重人格としか 思えない‥‥。カイトは思わず涙ぐみそうになるが、ぐっと堪えて今夜の戦いに 向けて気持ちを引き締めた。 意外かもしれないが、ジンはそれほど酒に強くない。むしろ弱いほうだ。 カイトをはじめ、ジンの仲間は皆そのことを知っているが、誰も本人には教えない。 言っても無駄だし、言わない方が面白いからだ。ジンは自分が酒に強いと思っているし、 いつも潰れてしまうのは、気の置けない仲間とリラックスして飲んでいるからで 本気になればいくらでも飲めると信じてる。記憶も曖昧になっているから まさか自分が1番に潰れていることにも気づいていない。 カイトは思う。俺の勝機はそこにある。 そして今夜は切り札も用意した。 大丈夫、逃げ切れる‥‥。 しかし第二の人格が現れてるとはいえ、ジンさんはジンさんだ。 油断してると、喉笛食いちぎられるぜ‥‥。 カイトが向かいに腰を下ろすと、ジン自ら例の酒瓶のコルクを抜く。 部屋中に広がる、強烈なアルコールの匂い。 カイトは気づかぬふりをするが、ジンはちょっとあわてたようだ。 「あーいや。この酒は匂いはすごいが、味は案外まろやかなんだぜ。 アルコール度数もさほどじゃない。ルルカ遺跡の周辺に隠れ住む 先住民族の長からもらったんだが‥‥奴らは毎晩これをワインのように ガブガブ飲むそうだ。二日酔いしないし、体にもいいんだぜ」 そう言いながらカイトにグラスを持たせ、なみなみと注ぐ。 もちろん、大嘘だがな‥‥。 先住民族の長からもらった云々までは本当だが、彼らがこれを飲むのは、 年に1度の成人の儀式の時だけだ。 神に捧げて祈った後、成人を迎える男たちが度胸試しとしてこれを飲む。 それも小さなコップに1杯だけ。それ以上はマジで危険だからだ。 そのアルコール度数は火気を近づければ火がつくどころか、爆発したって おかしくないほどの相当やばいシロモノだ。 俺にとっても危険なのは間違いないが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。 多少のリスクをおかしても、俺には成し遂げたい目標がある‥‥。 それぞれの決意を胸に、グラスを掲げる。 「乾杯!」 こうして男たちの宴が、静かに幕を上げた。 「よぉーカイト!飲んでるか?」 ちょっとロレツは怪しいが、今夜のジンはまだ眼も据わっていないし 思考もしっかりしている。見ていると、グラスを口に運んではいるが ちょろちょろと舐めるように飲んで、明らかにセーブしている。 ジンの意識がはっきりしている間は、油断させる為にも ある程度は飲まなければならない。そう考えて、早いピッチで 飲んではいたが、さっき胃に詰め込んだライスが効いていて それ程酔いは回ってない。 しかし、それにも限界がある。なのにジンがこの様子では‥‥。 まずいな。 隙をみてグラスの飲み物を捨てることも考えたが、何と言っても 相手はジンだ。危険すぎる賭けはできない。 「飲んでますよ。本当に旨い酒ですね」 心の緊張を隠して、とっておきの笑顔で答える。 ジンの目が切なげになる。なけなしの良心が痛んでいるのだろう。 しかし次の瞬間には邪悪な心が良心を抹殺し、その目に猥褻な色が浮かぶ。 「でもこんな貴重な酒を、俺ばかりがガブガブ飲むのは・・・」 「何だよバカだな。そんなこと、気にすんな」 「はぁ」 しかし、そうかもしれない。こいつの控えめな性格からいって、俺が飲まなきゃ 飲みにくいだろう。危険だがある程度は飲んで酔ったふりをするか‥‥。 「さ、ジンさん。グッとやってください」 「ああ」 グラスを口元に運ぶ。口をつけ、ちょっと舐めようとする‥‥‥‥ 「一気にっ!!!!」 突然のカイトの大声に驚いて、思わずグラスを煽ってしまった。 グラス1杯、空になっている。 「‥‥なんだよ、おめぇ!!ビックリするじゃねぇか!!!」 「いやぁ、さすがジンさん!惚れ惚れするような飲みっぷり! ああ、やっぱり男はこうでなくっちゃなぁ!!」 「そ、そうか?いや、それ程でも‥‥」 「グラスが乾いてますよ、俺に注がせてください。」 「おお、悪いな。お前も勧めてばっかいねぇで、グイっと1杯‥‥」 「それにしてもジンさん、遺跡の発掘で忙しいのに、そんな先住民族まで見つけて しかも長と仲良くなっちまうなんて‥‥。いや、さすがです。 俺にはそんなこと、100年だっても無理だろうな」 「いやぁ、それ程でも‥‥あるか。まぁお前だって、そう捨てたもんじゃないぜ。 謙虚なのはいいが、もっと自信を持ってだな‥‥‥いや、やっぱりまだまだだ。 師匠が注いだ酒の1杯も飲めないようじゃな。だからほら、もーちっとペース上げて‥‥」 「はぁ、面目ないです。やっぱり俺はまだまだで」 「そう思うんなら、ほら‥‥」 「‥‥ダメだ。どう考えても分からない。 その先住民族は、隠れ住んでいたんでしょう? いくらジンさんとはいえ、一体どうやって見つけたんです?」 「そりゃあおめぇ‥‥‥そんなのは朝飯前よ。しかしこれが不思議な話でなぁ。 俺がブラブラ歩いていると、一匹のでっかい猿が現れて‥‥」 「へぇー、ふんふん。」 「‥‥俺は大いに興味を持って、非常食がわりに持っていたゴマ団子を くれてやったというわけだ‥‥」 「はぁー、なるほどそれから?」 「‥‥その不思議な道をまっすぐ行くと大きな滝があってだな。 見るとその滝の前に、これまたでっかい雉がいて、その綺麗なことといったら‥‥」 「ほぉほぉ、へぇー‥‥そりゃすごい。」 酔ったジンは饒舌になる。やはりさっきの1杯が相当効いたようだ。 カイトも絶妙の合いの手を入れ、大声で話し続けているうちに酸欠になり、 呼吸も苦しくなってきたようだ。 いつもならこの辺で完全に瞼が落ちるのだが、今日は歯を食いしばり、 膝に爪を立てて頑張っている。 その内、眠気覚ましだといって、自分で自分の太ももに鉛筆でも 突き刺すんじゃないかと心配になる。それにカイトも気が付けば結構飲んでいて 膝の下がふんわりとした感じになっている。 そろそろ勝負をかけるか‥‥。 「ジンさん」 「んあ!?どうした!とうとうその気になったか?!」 「‥‥何を言ってるんですか?まぁいいです。 実は俺も、ジンさんの為に用意しといたものがあるんです。」 「そ‥‥そうか。俺の為に‥‥‥‥」 サイドボードの中に隠してあったものを取り出して、テーブルの上にどんと置く。 「こりゃあ、おめぇ‥‥酒じゃねぇか」 「はい。俺が今回調査に行ったのは、アイジエン大陸のジャパンという国なんですが その国のニーガッタという土地で作られる「Over the cold plum」という幻の酒です。 端麗辛口、喉越し爽やか。10年に1度実るという、金色の稲穂から作るので、 手に入れるのは難しかったんですが・・・。 俺どうしても、ジンさんの喜ぶ顔が見たくって」 「そ、そうか。そりゃありがたいが、今飲んでるのも相当ヤバい‥‥いやその、 でもやっぱり、ちゃんぽんってのは‥‥」 「そうですか?でも4種類も5種類もちゃんぽんするわけでなし。 ジンさん程の酒豪なら、楽勝でしょう」 「‥‥‥そうか?いやぁ‥‥やっぱりそうかな。‥‥そうだよな。 おめぇにそこまで言われちゃ、飲まねぇわけにはいかねぇな!!」 ジンは豪快に笑ってグラスを差し出す。 トットットッ‥‥‥‥。 ルルカの地酒の強烈な匂いに対して、鮮麗で清々しい香りが漂う。 しかしこの酒も、アルコール度数はかなり高い。 この素性も性質も全く違う2つの酒が、胃の中で混じり合ったら‥‥。 普通のちゃんぽんとは訳が違う。 ジンさん、大丈夫かな。 ちょっと心配になるが、以前、白昼にソファで押し倒された時の羞恥と屈辱を 思い起こして心を鬼にする。なみなみとグラスを満たす。 すでに上体がグラグラしてるジンは、躊躇せずに飲み干した。 「‥‥‥‥旨い! 旨いが‥‥結構効くぜ、こりゃ‥‥‥」 「さぁ、もう1杯。」 「何だよ、おめぇは飲まないのか?」 「実は‥‥その国には「KAKETSUKE SAN-Hai」という言葉があって、 親しい間柄の男同士が酒を酌み交わす時、もてなされる側は立て続けに3回、 杯を飲み干すんだそうです。 そうしたら、その二人の友情は‥‥‥永遠だと‥‥‥‥。」 カイトは恥ずかしそうに言って目を伏せる。 ‥‥カイト‥‥‥! カイト‥‥カイト‥‥お前って奴は‥! 震える拳を握り締め、ぐっと涙を堪えたジンは、ゆっくりとグラスを差し出す。 「注いでくれ」 「‥‥‥ジンさんっ!」 ジンはカイトを見つめて、照れたように微笑むと一気に2杯目を空けた。 「さぁジンさん、いよいよ3杯目です。」 カイトは酒瓶を手に取ったが、ジンの返事はない。 見るとジンはガックリと首をうなだれて、そのまま動かなくなっていた。 →Next ------------------------------------------------------------------------ →トップ