「男たちの宴」-06
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・・・・・勝った。俺は逃げ切った。
だが何故だ。嫌な予感がする。
何かを見落としている・・・そんな薄く粘っこい不安。
その不安は、やがて確信へと変わる。
ジンはむっくりと顔を上げると、暗い声で呼びかけた。
「なぁ・・・・カイトよ」
「は、はい」
背中に冷たいものが流れる。
「おめぇは一体、俺の何だ。俺はおめぇの、何なんだ?」
「どうしたんです?急に・・・」
「答えろ」
「それは・・・やっぱり、ジンさんは俺の師匠・・・」
「師匠だぁ・・・?それがおめぇの、師匠に対する態度なのか。
チビチビチビチビ、シケた飲み方しやがって・・・。
てめぇはそれでも男なのかよ。ちゃんと付くもの付いて・・・んのかどうかは
俺が一番知ってるが・・・いやだから・・・俺が言いたいのはだな」
「ジ・・・ジンさん、落ち着いてください、落ち着いて・・・」
「うるせぇ!!今日という今日は言わせて貰うぜ。
だいたいお前は、少年のように無垢で純真な俺の望みを叶えようともしねぇで
弟子だ、師匠だ!?聞いて呆れるぜっ!!
俺の・・・俺の純粋な気持ちを弄びやがって・・・・!!」
ジンは立ち上がり、酒瓶をブンブン振り回して暴れだした。
それが時々カイトの鼻先をかすめるが、そのスピードがハンパじゃない。
このままじゃ、犯られ殺られちまう!
「ジンさん、分かりました、分かりましたから!!
・・・・うわっ!危ない!!座って・・・座ってください、頼むから・・・!!」
ジンの動きがぴたりと止まる。
「んんー・・・なんだ、俺にお願いしてるのか。
じゃあお前も俺のいう事きけ」
ドスンとソファに腰を下ろしたジンの目は、完全に据わっている。
こんな悪い酒のジンさんは、初めてだ。ちゃんぽん作戦が裏目にでたか?
ジンは無言でカイトのグラスに酒を注ぐ。しかし狙いが定まらず
半分以上はグラスの外にこぼれるが、気にも止めない。
やっとグラスがいっぱいになると、
「飲め」
低く、ドスのきいた声。
「・・・・・え?」
「飲めって言ってんだよ」
「いや、でも・・・・」
「ほー・・・・俺の酒が、飲めないか・・・」
「いや、その・・・・いただきます」
これは賭けだ。
俺の肝臓も、そろそろ限界だ。
しかし敵もすでに、パワーを使い果たしているのは間違いない。
あとは精神力のみの戦い・・・。
どちらが勝つか、ジンさん!勝負!!
カイトはがっちりとグラスを掴むと、覚悟を決めて白く細い喉に
その液体を流し込んだ。
苦しい・・・・もう体が受け付けていない。胸が焼け付くようだ。
ほんの数秒の時間が、とてつもなく長く感じる。
しかし、飲みきった。俺はこのグラスを飲み干した。
「さぁ、次はジンさんの番ですよ」
そう言って、静かにグラスを置いて敵を見ると
ソファに深々ともたれたジンの顔は完全に天井を向き
大口を開けて熟睡していた。
* * * * *
翌朝、ジンが目覚めると、寝慣れたベッドの上だった。
着た覚えのないパジャマのボタンが、きちんと上まで留めてある。
カイトの仕業だろうが、奴の姿は見えない。
俺は昨日も、失敗したんだな・・・・。
階下に降りると、リビングはきれいに片づけられて、昨夜の酒宴の跡は無い。
窓は開け放たれ、清々しい空気が部屋に流れ込んでいる。
「おはようございます。気分はどうですか?」
「んぁあ、ぼちぼちだ。お前はどうだ?」
「ちょっと頭が・・・昨夜はさすがに飲みすぎました。
ジンさんが勧め上手なんで、つい」
「よっく言うよ。ところでおめー、昨夜俺に何かくれなかったか?」
「え?何かって?」
「なんか、プレゼントだか、仕事先で買ったみやげ物だか・・・そんなやつだ」
「いえ、すいません。今回は仕事が終わって急いで帰ったから
何も用意してなかったですが・・・・」
「そうか。いや別に、それならいいんだが」
確かに昨日、このテーブルに、こいつが何かを置いて言った気がする。
俺の為に用意したとか、何とか・・・。
しかしそこから先の記憶がぷっつりと無い。
「薬草煎じたから、飲んでください」
「ああ・・・悪いな」
そう言って、テーブルにカップを置いたカイトを見上げると
「どういたしまして」という風に、はにかんだ笑顔が返ってきた。
・・・まぁいいか。
乱れたところも見てはみたいが、こいつのこんな笑顔が見れるのも
今のところは俺だけだ。
あんまり贅沢いっちゃ、いけねぇな・・・。
台所に戻っていくカイトの背中を、幸せな気分で見送るジンは知る由も無い。
その時カイトの唇が、勝ち誇ったようにニヤリと歪んでいたことを・・・。
end.
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