「男たちの宴」-04
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「よぉ」
「お帰りなさい」
カイトが中からドアを開けると、二人は短く挨拶を交わした。
後の言葉が見つからず何となく見つめ合うが、眩しいように目を細めて
先に顔を逸らしたのはジンだった。
そのまま上がり口に腰を下ろして、ブーツの紐を解く。
カイトは脇に置かれたジン愛用の大きなボクサーバッグを持つと
「洗濯物、ありますか?」と聞く。
「ああ、そいつに入ってる。悪いな」とジン。2人揃ってリビングへと入る。
「ああー久々だな」
寛いだ表情を見せるジンに向かって、ボクサーバッグを抱えたままのカイトが言う。
「風呂、沸いてます。」
「お、ありがたい・・・・」
言いかけて、今日の作戦を思い出す。
「あ、いや。今日は、」
「ピッカピカにしておきました」
言いかけたジンに、覆いかぶせるような言葉と笑顔。
「そ・・・そうか?そいつは・・・うれしいな・・・」
その迫力に、思わず口走っていた。
「そうですか。ゆっくり旅の垢を落としてください。
・・・そうだ。晩メシまだですよね」
ジンは、しくじったという思いに唇を噛んでたが、“晩メシ”という言葉に
反応せずにはいられない。
「そうそう、それだ!晩飯な!!
お、シチューがあるのか。こりゃ旨そうだ・・・が、これは明日にしておこう。
酒のつまみになりそうな、ピリッと辛いもんを2、3品頼む。
いい酒が手に入ったんだ。乾杯しようぜ」
「へぇ、そりゃ楽しみですね。わかりました。つまみを作っておきますよ。」
・・・さっきの迫力は、何だったんだろう。
服を脱ぎ散らかした後、ざぶんと湯船に浸かったジンは考える。
あいつ、そんなに気合入れて風呂掃除したのかよ・・・。
夕食に関してはうまい具合に進めたと思う。あいつはやせの大食いだからな。
飲む前にガツガツ食われちゃ、酔うもんだって酔っ払わねぇ。
しかし風呂については、とんだ計算外だ。
風呂に入ると腹が減るし、血管も拡張する。空きっ腹も血行の良さも
酔いを促進させること、この上ない。
くっそー!今日は帰っても風呂には入らないつもりで、わざわざ出発前に
シャワーをあびてきたってのに・・・。
指で浴槽をこすると、ブッブッと音がする。清潔に磨きあげられている証拠だ。
シャツの袖とズボンの裾を巻くり上げて、熱心に風呂掃除するカイトが頭に浮かぶ。
・・・・・・・・。
まぁ、いいか・・・・・何とかなるだろ。
浴槽のふちに頭をあずけて目をつむると、いつものように鼻歌を歌いだしていた。
・・・思ったとおりの展開だ。
浴室の扉が閉まるのを確認すると、カイトはボクサーバッグの紐を解いた。
汚れ物を取り出すが、目的はそれだけじゃない。
中を漁って、幾重にも新聞紙に包まれた極彩色の陶器のビンを見つける。
これだ。コルクを抜いて指先を液体に浸らせて舐めてみる。
「こいつは・・・相当やばいシロモンだぜ・・・。」
そうつぶやいてビンを元に戻すと、急いで台所へと向かった。
冷蔵庫から2Lのミネラルウォーターを取り出すと、封を切って一気に飲み干す。
魚を下ろし、豚の腸皮に挽肉を詰めながら、大皿にライスをてんこ盛りよそい
先程のシチューをかけて胃に流し込む。味など全然わからない。
ジンの風呂は短い。
カイトは創作と消費を、常人には見切れない程のスピードでこなしていった。
バタンッ・・・
浴室のドアが開く音と同時に、シチュー皿を洗い終えた。
寛いだ格好のジンが、頭をゴシゴシ拭きながら出てくる。
「ああ、いい風呂だった。お前も早く入・・・」
「あーーーっ!!!!!」
「ど、ど、どうした・・・・」
突然大声をあげるカイトに驚いて、思わずタオルを胸に抱きしめる。
「すっかり忘れてた・・・。今日は夜から断水じゃないか。
市役所からお知らせがきて、何かに備えて水を溜めとけって。
風呂のお湯を抜いて、水を張っとかなきゃ。もう時間が無い。
俺、今日は風呂、我慢します。」
「あ・・・・あ、そうなのか?でも別に、そんないっぱい溜めとかなくても・・・」
言いかけるジンの言葉を聞きもせず、あたふたと風呂場へ
走るカイトの後姿を、ジンは呆然と見送った。
相変わらずマメな奴だ・・・。
几帳面に家の事をするあいつを無理やり風呂に入れるのは不自然だ。
大体俺は今までそういったことに口をはさんだ事は無いんだし。
大事の前に、疑われるのはマズいからな・・・。ちょっと顔をしかめるが
リビングのテーブルに並んだ皿を見て、すぐにニヤリとする。
カイトはジンに言われた通り、酒のつまみを作っていた。
唐辛子をまぶした白身魚のチップス。
手作りのソーセージには黒胡椒の粒が見える。
それに魚介のわさび漬けなどの珍味がずらり。
辛くて、味が濃くて、量の少ないものばかり・・・。
加えて唐辛子や胡椒などの香辛料は、風呂に入るのと同じような効果を発揮する。
いいぞ、いいぞ。
そういえば前回作戦に失敗した時は、あいつに飯を食うのを許してしまった。
全くガキみてぇに、腹が減ったとあんまりうるさく騒ぐから・・・。
それも大きな敗因の1つだったろう。
くっくっく・・・
どうする?カイト。
今夜はお前の愛するライスの騎士は、助けに来ちゃくれないぜ・・・。
堪えきれない笑いを漏らしたジンの顔には、すでにカイトの尊敬する
師匠の面影はなく、邪悪な欲望のみが張り付いていた・・・。
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