「男たちの宴」-03 ------------------------------------------------------------------------ 自然保護局に報告書とビデオテープを届けると、担当者は本当に 嬉しそうだった。そしてお礼と言っては何だがと、カイトを飲みに 誘ったが、丁重にお断りして研究室を出た。 ジンさんが、帰ってくる。 踏みしめる地面を感じないほど、軽い足取りに気づいて苦笑する。 本当はまっしぐらに家へと向かいたいところだが、俺にはもう1つ、 やらねばならないことがある。 ジンさんが、帰ってくる・・・・・。 これから向かう先で調達するものの使用目的を思い出すと、 明るかった表情に陰が差す。 帰ってくるんだ・・・・歪んだ欲望をたずさえて。 カイトは心からジンを尊敬していた。 豊富な知識。桁外れのパワー。大胆な発想と緻密な計算。 いつも周りの人間を幸せにする、限りない優しさ。 その他、カイトが一流のハンターに必要と思っているものを ジンは全て持っている。 そして何よりジンさんは、こんな俺に受取りきれないほどの 愛情を注いでくれる。 あの第二の人格さえ、なければなぁ・・・。 もちろんカイトも、ジンが多重人格と本気で信じているわけではない。 しかしそうでも思わないと、頭がどうにかなりそうだった。 あんな立派な人が、どうして・・・・。 彼の欲望は果てしが無い。 なぜあんなに己の欲求に素直になれるのか。理解できない。 いや、俺がジンさんの内面について、とやかく考えても仕方が無い。 もしかしたら(とてもそうは思えないが)ジンさんなりの深慮があるのかもしれない。 とにかく俺は、自分の身を守るだけだ。 ジンさんの欲望から逃げおおせる。 これが、どんな狩りより難しい・・・・・・・こともないが。 長旅から帰ったジンが、何を考えているかくらいは想像がつく。 この国で作られる銘酒については電脳ページで調査済みだ。 一般の旅行代理店の名物情報などではない。 家に置きっぱなしのジンのライセンスを使い、ハンターサイトで 情報を得た、正真正銘のレアものだ。 ジンはネットカフェから電脳ページにアクセスするとき、複雑な手順と パスワードを多用するが、そんな時でもいつものようにカイトを隣に 座らせ、その解析不能なアクセス方法を隠そうともしなかった。 もちろん普段はライセンスを無断で使ったりは絶対にしない。 しかし今回は、他ならぬジンの魔手から身を守るためだ。 良心の呵責は感じない。 目的の土地で目的のものを購入すると、今度こそ一路家路を目指した。 家に戻ると、まず家中の掃除を始める。 留守中に溜まった埃を払い、床を綺麗に拭き清める。 庭を見渡せるリビングの大きな窓も、1枚1枚丁寧に拭く。 布団を干して新しいシーツと取り替え、枕をはたいてフカフカにする。 トイレ、洗面所の水周り。浴槽の掃除は、特に念入りに。 ジンさん、風呂好きだからな・・・。 掃除が一段落すると、近所の商店街に買出しに行く。 ジンの好みの食材は熟知しているから、それ程時間はかからない。 夕食を作るのは、ジンのリクエストを聞いてから。 でも時間のかかるシチューは、もう作り始めておこうかな・・・。 ジンの仲間達は、そんなカイトを見ると必ずといって良いほど 「ジン、いいお嫁さんもらったねー」などと言って笑う。 特に女性陣が、かまびすしい。 自分が直接からかわれるなら何とも思わないが 自分をネタにジンが笑われるのには閉口する。 しかし当のジンは 「なんだお前ら、羨ましいんだろ。でもカイトは俺に惚れて 嫁に来たんだ。こういうのは本人の意思が重要だからな。 いくら頼まれたって、貸してやらねーぞ」 と、かえって自慢げにうそぶいている。 実際カイトは、こういった家事が苦痛じゃない。 世話になってるジンさんに、自分が出来ることいえばこれ位だと思うし、 何より風呂場から聞こえてくるジンの気分よさげな鼻歌や 陽だまりの中でうたた寝をする寛いだ姿を見るのが好きだった。 手際よくイモの皮を剥き、ルーを炒める。十分煮込んで 最後に仕上げの香辛料を鍋に放り込んだ時、家にチャイムの音が鳴り響いた。 →Next ------------------------------------------------------------------------ →トップ