「男たちの宴」-02 --------------------------------------------------------------- 「カイト‥‥‥」 無意識の内に声に出していた。 慌てて周囲を見回すが、誰もいない。 誰かが側にいれば、いくら物思いにふけっていても気づかぬ自分では ないからそんな心配はないのだが、思ったよりも動揺したようだ。 階下からは、まだ浮かれ騒ぐ声が聞こえていた。 今日はルルカ遺跡展示施設の完成祝いとジンの送別会だ。 発掘に携わった者や施設管理の為に新たに雇われた連中が ジンには内緒でずっと前から心尽くしの宴の準備をしていたらしい。 みんな、気のいい奴ばかり。発掘の失敗談や新施設の抱負などで 盛り上がったが、いい加減全員、酔いが回ってドンチャン騒ぎが 始まった頃、ジンはそっと宴の輪を抜け出して階上の自室で荷造りを始めた。 明朝、一番にここを出よう。 この分では、明日はみな昼頃まで潰れているだろう。 今生の別れでもあるまいし、涙・涙の見送りは苦手だった。 ホームコードを聞くと、どうやらカイトの仕事もうまくいったらしい。 こないだまで、こんな小さいガキだったのに。 「カイト‥‥」 もう1度、今度は声にださずにつぶやく。 意識はすぐに、カイトの気配でいっぱいになる。 目をつむると、プラチナに近い金髪の柔らかい感触が頬をなでる。 洗い立ての清潔な香りまで嗅ぐことができる。 俺はアイツに不満など、これっぽっちも無い。 あれほど他人をさりげなく気遣い、大らかで、自分に対してはストイック なまでに厳しい奴は、そう居ない。自分を過大にも過小にも評価せず、 今やるべきことを、黙々とこなす。冷静で慎重なのは間違いないが 意外にも時々、こっちがヒヤリとするような大胆の行動をする。 無謀無策というのではない。しかしどこか己の命を運に任せて 気持ちだけで駆け出していくようなアイツを見ると、俺はいつも心臓を 鷲づかみにされたような息苦しさを感じる。 ‥‥そういうわけで、不満などは無いわけだ。 たった一つ。ベッドの上でのアイツを除いて。 いや、これも正確な表現ではない。 ベッドの中でのアイツは‥‥‥‥あー‥‥その、 はっきり言って、すごく可愛い。 抱きしめると固くこわばる体が、ジンの唇と指先が触れた箇所から ゆっくりと発熱して溶けていく。堪えきれずに口から漏れる 苦しげで甘えるような呻き。 そんなカイトの一つ一つが、いつもジンの脳天を串刺しにする。 不満はない。ないんだが‥‥でももうちょっと、その‥‥‥えーと‥‥ ‥‥そう!俺は、アイツの全てが見たいんだ! 別にやましいことじゃないだろ?! 余りのやましさに、気づかぬ内に自分に向かって言い訳をする。 好きな相手の全てを見たい!これは至って正常な欲求だ。 アイツは、明るい場所では決して肌を晒さない。 風呂上りなどは無頓着に、上半身裸のまま台所で牛乳を飲んだりするが 俺が見ている事に気が付くと、そそくさと手近にあるものを羽織って逃げていく。 修行中に服が破れるのは平気なくせに、そんなに俺の視線は猥褻か!? ましてや全裸になって白日の下に横たわるなど、絶対にあり得ない。 とはいえ、俺は夜目が効くから暗闇の中でだってアイツの全てを確認しているが そういう問題じゃないんだよ!それをアイツは、どうして理解できないんだっ!! 一度、真昼間にどうにも我慢が出来なくなって、リビングのソファに 押し倒したことがある。 するとアイツは暴れに暴れて、あろうことか俺の金的を蹴り上げやがった。 俺はすばやく危険を察知し、すぐに堅でガードしたが、欲望に脳みそを 支配された者の動きは一瞬遅かった‥‥。 白目を剥いて、ソファから転げ落ちた俺が、さすがに頭に来て見上げると、 奴は破れたシャツの前を震える両手でかき合わせ、顔は羞恥と怒りで 真っ赤になっている。これは‥‥‥‥‥‥‥‥やばい。 言い訳しようと思った瞬間、アイツは肩をワナワナと震わせながら 何事か叫ぶと部屋を飛び出して行っちまった・・・。 しかし本当の修羅場はそれからで、口もきかなきゃメシも作らねぇ。 毎晩同じベッドで眠っていたのに、その日からは一歩も寝室に入らない。 奴が眠ったのはソファだが、その間もチャチな円を解かないといった警戒ぶりだ。 その怒りは2週間以上も続き、もう2度といたしません、という俺の誓いの 言葉でやっと和らいだ。 だから、力づくってのはもうダメだ。俺は約束を守る紳士だからな。 アイツが自分の意思で、明るい部屋で服を脱ぐ。大人しくさえしてくれりゃ 別に俺が脱がせたって構わない。・・・むしろ脱がせたい。 そして欲をいえば・・・向こうからこう、その・・・俺を求めてくるような・・・。 いつもは波一つない湖面みたいに静かな瞳が、さざ波を立てるように潤んで 上目遣いに俺を見つめる。そして小さな形の良い唇が震えてこう呟く。 「ジンさん‥‥俺、もぅ‥‥‥‥」 ‥‥‥‥‥‥‥‥!!!! 辛抱たまらんっ!!!! 今度こそ、今度こそ、この作戦を成功させる! 名づけて「酔いカイト☆乱れ作戦 Part3」! 酔わせて乱して押し倒す。 別に服を脱がせるくらいなら、食事に一服盛って朦朧としたところに 催眠でもかけちまえば楽勝だが、それはさすがに犯罪だろ? あくまでも俺が勧めたとはいえ、アイツは自分の意思で酒を飲み 自分の意思で酔っ払い、自分の意思で服を脱ぐ。これが肝要だ。 しかし、それには綿密な計画が必要なのだ。 奴は自分の適量を知っていて、それ以上は決して飲まない。 したがって、飲みすぎて乱れるということもあり得ない。 そこを何とか、適量以上を飲ませてハメをはずさせる。 過去2度に渡ってこの計画を実行したが、ことごとく失敗した。 何故失敗したかは、今でもわからない。 特に1回目は、うまくいきそうだったんだがなぁ‥‥‥。 俺はいつものように明るく快活に振舞ったし、 アイツも俺の邪な純粋な欲求に基づいた計画に気づいた 様子はなかった。無邪気に俺の杯を受けて、楽しそうに飲み干して いたのに、何故か俺の方が先に潰れてしまった。 ちょっとやそっとじゃ酔っ払わない酒豪の俺としたことが‥‥。 多分、はやる気持ちが血行を促進し、いつもより早く酔いが まわったんだろう。 今回は、そんなヘマはやらねぇぜ。 仕込みはすでに済んでいる。 仕掛けは隆々、後はカイトの全裸を御覧じろ、だ‥‥。 机の上の置いた陶器のビンを見やりながら 俺は密かにほくそ笑んだ。 →Next --------------------------------------------------------------- →トップ