「男たちの宴」-01
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よし、バッチリとらえてる。任務完了だ。
カイトは会心の笑みを浮かべ、中腰の姿勢から、どっかりと床に腰をおろした。
カイトはまだ正式なライセンスを持たないアマチュアのハンターで
その生活はなかなかに忙しい。
まず念の修行。
1年前に身につけた、クレージースロットの能力。
念を発動させると、目がクリクリとした少年ピエロが現れて
「良い目が出ろヨ!トゥルルルル~♪」と可愛い声で歌いながらスロットを回す。
突然用もないのに話し出したのには驚いたが、その内容は
「今日は暑いから修行は大変だー」とか、「昨日の晩御飯、何食べた?」とか
他愛の無いことばかりだ。
ちょっと子供っぽくて恥ずかしい。もっとクールでシブくて強そうなピエロを
考えてたのに、どうしてだろう。そう考えると少し落ち込むが
その能力自体はかなり気に入ってる。
しかし武器の数が多いからイメージ修行は結構大変で、だから
スロットといっても、まだ選べる武器は、4つだけ。
そろそろ5つ目を考えて具現化しろと、ジンに言われている。
次に、ハントのノウハウを身につける。
ジンに1日に詰め込まれる知識の量は膨大だ。
山の歩き方、キャンプのはり方、保護した生物の扱い、報告書の書き方・・・
カイトは大抵それらを1度で覚えてしまうが、それでも時間を見つけて
1人で野山に入り、復習をする。
もちろん、ジンが家に居るときは、家事は全てカイトの仕事だ。
しかし留守にしている時も、いつ彼が戻っても寛げるよう
家の中はキチンとしたものだ。ジンのねぐらは世界中にあるが
行ける範囲の住処には、ちょくちょく顔をだして掃除をしたり、保存食の
買い替え時期などのチェックも怠らない。
放っておけば、ジンは賞味期限など気にせずに、そこら辺にあるものを
食べてしまうし、だからといって体に異常があったことは、今まで
ないのだが・・・。
そして最近は、ちらほら依頼も舞い込んでくるようになった。
プロを雇うほどの予算がない国の自然保護局などが主な依頼主。
報酬が安い分、仕事の難易度はそれほど高くない。
そのほとんどはジンの口利きだが、大抵カイトの几帳面で誠実な
仕事ぶりに感心して、2度目からはカイトに直接依頼をしてくる。
そんな時カイトは、何となくジンさんに悪いと思ってしまうが
ジンは嬉しそうに笑っているだけだった。
今回も、そんな依頼の一つで、この国を訪れていた。
出発前にジンに色々と相談したかったが、彼はもう長く家を
留守にしている。携帯1本で話は出来るし、用もないのにいつも
電話をしてくるのはジンの方だが、いつまでも甘えていられないと
思ってやめておいた。
依頼内容は、子育てカンガルーの生態調査。
それ程希少な動物ではないが、その性質上警戒心が強く、この国の
調査機関では、その詳細な生態を把握できていなかった。
早々に個体を発見して、麻酔で眠らせて血液などを採取し
調査に回した。麻酔から醒めた個体に発信機を付けて森に帰し
コロニーを見つけ、慎重に場所を選んでカメラを取り付ける。
そこまでは順調だったが、肝心のメスがなかなか姿を現さない。
どうやら、オス達がコロニーを取り囲むようにして生活し、中心部にいる
メス達を守っているようだ。そこまで踏み込んでカメラを仕掛ける
わけにはいかない。保護局の連中が手こずったのも、この辺だろう。
結局手近な大木の上にテントを張って、上空から撮影することにしたが
他の木々が邪魔をして、なかなか鮮明な映像が撮れない。
何かうまい方法はないものかと思案しながら、昨夜、日課である
ホームコードのチェックをすると、聞きなれたジンの声。
「よぉ、仕事中か?こっちはやっと片付いたぜ。2、3日中には帰るが
帰ってお前がいなくても、ちゃんと飯くらいは作って食うから心配すんな。
気ぃ抜かねぇで、仕事しろよ!」
わかってますよ、ジンさん・・・。
もちろんカイトも、この仕事を最後まできちんとやり遂げるつもりだし
あと必要なのは、決定的な映像だけなのだが・・・。
もう2か月も、ジンに会っていない。
ジンは今、ルルカ遺跡の保存作業に追われている。
何かにつけてカイトを呼び出し、たびたび手伝いをさせてはいたが
こないだ呼び出しを受けた時、カイトはもうこの調査に入ってしまっていた。
気持ちが逸らないと言えば嘘になるが、それをコントロールできない
ようでは、100年たっても優秀なハンターになどなれっこない。
長期戦を覚悟しながら、今朝録画した映像をチェックすると、
腹の袋から、明らかにカンガルーとは違う、シカ科の子供が顔を
出しているのが、鮮明に映っていた。
子育てカンガルーは、森の生態系に大きな恩恵をもたらす性質を持つ。
他種の草食動物が絶滅の危機に瀕すると、親を失ったその種の子供を
自分の腹部にある袋で守り育てる。それぞれの種に必要な栄養素を
体内で調合し、授乳を行うこともする。
他の草食動物が減れば、それだけ自分達が肉食動物の餌となる確率が
高くなるからというのが一般的な学説だが、その母性を目の当たりにすると
あながちそれだけも無いような気がしてくるから不思議なものだ。
「よし、バッチリとらえてる。任務完了だ。」
床に腰を下ろした後、もう1度巻き戻して確認する。間違いない。
思わず顔を綻ばせる。
カイトは急いで機材を片付け、報告書の仕上げに取り掛かった。
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