「俺の名はカイト U」

俺の名はカイト。 一応ライセンスを持ってはいるが、強く優れたハンターを目指してまだまだ修行中の身だ。最近も未熟さ故に致命傷を負う失態を犯し、尊敬する師匠ジンさんに助けられ事なきを得たばかりだ。

ところでジンさんと俺は、男同士でよく酒盛りをする。飯の後に二人で飲みだして、一晩でどれくらい空けるかなぁ。ワインにポン酒に焼酎も飲む。ウィスキーやスコッチの類の洋酒も飲む。ウォッカやジンやテキーラは、ストレートで飲むこともあれば果実を絞って割ることもある。カクテルなんて良いもんじゃないけどな。まぁ要するに美味けりゃ何でも飲むということだ。でもまぁそれぞれ好みはあって、ジンさんはポン酒党だ。俺は前は洋酒を多く飲んだけど、最近はジンさんの影響でポン酒の味も分かるようになってきたかな。
こんな風に言うと二人ともすごい酒豪みたいだけど、俺はそれほど強いわけじゃない。そしてジンさんは、強くないというより、確実に弱い。
そりゃジンさんは色んな毒に免疫があるし、酒だって一般人よりは強いと思うけど、ハンターの中では破格に弱い方であることは間違いない。

ジンさんは酔っ払っても、大抵の場合は明るい酒だ。
面白かったハントの話なんかを俺にいっぱいしてくれる。
酔うと同じ昔話をクドクドと繰り返す人もいるけど、ジンさんは全くそういう事がない。聞いて驚くような話のネタは尽きず、それだけ沢山の経験をしてきてるって事だろう。ハンターの中ではジンさんもまだまだ若手なのに。それだけでも俺には、尊敬の一言しかない。

そんな訳でジンさんとの酒盛りはすごく楽しいけど、ごくたまに悪い酒になることもある。
ジンさんだって(一応)人間なんだし、たまに悪酔いするくらい、当たり前なんだけど。
ちなみに悪酔いのパターンは、大きく分けて2つだ。

まず、絡み酒。
大声で怒鳴るわけでも暴れるわけでもなく、とにかく絡む。しつこい。


「なぁーカイトぉー‥‥」

「はい」


神妙に応えるが、「なぁーカイトぉー」が出た時点で悪酔い決定だ。


「なぁー‥‥カイトってばっ!おま、人の話聞いてんのか?アァン?」

「‥‥はい、聞いてます」

「ほんとかよ‥‥‥てかさ、なぁ‥‥‥‥‥‥‥‥なぁ、カイトってばよぉー!
聞いてんのかよオイ‥‥」

「‥‥‥‥」

その後、いかに俺が酒の席で量を飲まないかという愚痴が延々と続く。
正直、量はジンさんよりずっと飲んでるんだけど、ジンさんの中では

(酔ってる=量を飲んでる) ⇒ (酔ってない=量を飲んでない)

という図式が出来上がってるらしい。

「おめー全然飲んでねーじゃねーーかよーーーー」

「いや、けっこう飲んでますって。酔いも回ってるし」

「嘘だっ!酔ってる人間は自分が酔ってるなんて言わねーもん!
さんざん酔っぱらってる奴に限って”俺は酔ってなんかねぇ”なんて寝言を言うもんだ」

「じゃあえーと、ジンさんは? ちょっと酔ってるように見えるけど‥‥」

「俺ぇ!? バカだな、俺は酔ってなんかねーよっ!!」

「‥‥‥‥」


こんな感じから始まって、俺の肩に腕を回し、顔を近づけ、とにかく絡む。


「飲めよぉーカイトぉーさっきから見てりゃまだ一杯しか飲んでねーじゃねーかよーー」

「飲んでますよ、このボトルも俺がほとんど‥」

「嘘つくなよっ!ちゃんと見てんだからなっ!!
んーな適当な嘘で俺の目が誤魔化せるとでも思ってんのかぁ!?
大体お前はだなぁ、いつもそーやってノラクラはぐらかしやがって、せっかくの二人っきりの酒盛りだってのに男気ってもんが分かってねーっつーか、男心が分かんねーっつーかだなぁ‥‥」

といった愚痴が、延々3時間は続くわけだ。仕舞いにゃ俺も堪忍袋の緒が切れて、


「んな訳ねーだろ、ボトル3本ほとんど俺だっての!

よく見ろこの酔っ払い親父っ!!」



‥‥とは、口が裂けても言えないので、とりあえず謝ってガンガン飲ませて潰してしまうことにしている。
これ以上は無いくらい世話になってる人だし、暴れたりはしないから別に苦でも無いんだけど、肩や腰に腕がガッツリ回って顔もどんどん近づいて、気が付けば押し倒されている危険があるので要注意だ。



2つ目のパターンは甘え酒。
子供みたいにまとわり付いて、とにかく甘える。けっこう可愛い。


「なーあーカイトぉー‥‥」

「はい」


ここまでは絡み酒と同じだが、次が違う。


「なぁーー‥‥‥俺、ちゅーしたい。カイト、ちゅーして。ちゅうぅーって」


恥ずかしげも無く恥しいことを言いながら、ニコニコと嬉しそうに擦り寄ってくる。


「はぁ?」


俺が困ったように問い返すと、ジンさんは途端に俯いてしまう。でも目はしっかりと上目遣いに俺を見たままだ。


「そっか、ダメかぁ‥‥。俺、嫌われてんだな‥‥‥」

「いや、嫌いとか好きとかそういう問題じゃ‥」

「だってヤなんだろ? ほっぺにちゅうってするのも耐えられないくらい、嫌いなんだろ?」

しょんぼりと肩を落とし、捨てられて雨に濡れたムク犬みたいに小さくなる。
でもやっぱり目だけは上目遣いに俺を見たままだ。


「いい加減にしてくださいっ!

30過ぎた親父が何言ってんですか!」



‥‥とは、口が裂けても言えないし、俺の機嫌を伺うような上目遣いとへの字に結んだ口元が‥‥‥その、なんつーか、アレだ。
ちょっと可愛いなーとか、思ったり思わなかった、り‥‥‥。


「なぁ、ほっぺでいいから。ちゅーってしてくれよー」

「はぁ‥‥」


まぁ相手は酔っ払いだし、次の日にはどーせ憶えてないだろうし‥‥。
だから俺は、チューチューうるさいジンさんの頬に軽く唇を当てる。
こんなとこを誰かに見られたら、俺は即山に入り、誰にも知られることなくひっそりと自らの命を絶つだろう。
でもジンさんはそんな俺の気持ちも知らず、この上なく上機嫌の顔になる。
嬉しくてたまらないという風に目尻が溶けて、口元に幸せな笑みが浮かぶ。
俺なんかに頬にキスされて、そんなに嬉しいもんかな。
正直、悪い気はしない。いや、かなり、‥‥その、嬉しい‥‥‥かも、しれない‥‥。

「なぁなぁなぁ!もう一回!今のもう一回! こーんーどーはー‥‥ここ!」

さっきよりもちょっと唇に近い。
頷いてもう一度キスすると、さらにジンさんの表情が溶ける。照れたように指で鼻をこする。可愛い。


「へへーもういっかぁーーい」

「えぇ、またですか?」


俺が困ったように笑うと、ジンさんも少し笑ってさらに擦り寄ってくる。
この時のジンさんの笑顔が妙に狡猾そうに見えないこともないけど、俺も普通に酔ってるし、まぁいいかという気分になって結局乞われるがままにキスを繰り返す。
「お返しな♪」
そんな風に言って、ジンさんからもキスをする。なし崩しに頬だけでは済まなくなってくる。 そして気が付けば押し倒されてる危険が絡み酒の時よりも高いので、注意が必要だ。
適当なところで切り上げ、ロレツの回らない口調で不満を言うジンさんを担いで寝室送りにする。
でもまぁ大抵の場合、ベッドに転がしたジンさんにそのまま引きずり込まれてしまうんだけど。



そんなこんなで油断ならないジンさんとの酒盛りだが、大抵は楽しく明るい酒だ。
でも1度だけ。悪い酒でも陽気な酒でもなく、ジンさんが俺に言ったことがある。
もう大分前の話だ。けどその時の情景ははっきりと憶えている。

ジンさんはゆっくりと手を伸ばし俺の前髪を数本摘まんで顔を眺めた後、手をパタリと膝に落とした。
その動きは緩急が曖昧で、ジンさんが相当酔っていることを如実に現していた。
だけど俺を見つめる瞳はまっすぐに透明で、少しも揺れてなかったし、
どこか一線を越えてしまったのか、口調もしっかりしたものだった。

「なぁカイト。‥‥分かるだろ?」


分からない。一体、何が? 何が分かると?


「分かるよな?」


ジンさんは繰り返す。俺がそれまで、見たこともない表情で。
いや、驕りかもしれないけど、ジンさんのあんな表情は俺以外に誰一人として見たことがないかもしれない。
無理に笑おうとした口元が僅かに歪んで、震えたように思った。
俺を見つめる目はひどく悲しげで、俺はジンさんが泣くのではないかと動揺した。
分からないとは言えなかった。でも、分かるとも言えなかった。


「‥‥‥やっぱ分かんねーか。分っかんねーよなー‥‥」

ジンさんは自嘲気味に呟くと、パッタリと床に落ち、朝まで目を覚まさなかった。
そして当然の如く、翌朝は何も憶えていなかった。


ジンさん、何が? 何が分かると?


少しだけ悩んだけれど、今はもう昔の話。
俺がハンター試験を受けるよりも更に前‥‥やっと二十歳を過ぎた頃。
ジンさんもまだ20代半ばだった。
あの時ジンさんは、俺に何を問うたのか?

今の俺はもう、答えを知っているのかもしれない。

end.                                                 (050308)


捨てるものなど持たなかったカイトさんは、余り悩まなかったと思う。
ジンをストレートに想い、慕い、自分の気持ちに疑いなど持たなかったと思う。
たくさん捨ててきた分、ジンの方が悩み恐れたかもしれない。という話。

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