「頑張れカイト君」-01 ------------------------------------------------------------------------ 沈む夕日に朱に染まった森の入り口。 巣へ飛び急ぐ鳥達に急かされるようにカイトは足を早めた。 肩先まで伸びた淡い金髪が夕映えを照り返しながら燃え立つように 揺れて輝く。 すっかり遅くなっちゃったな 早く夕飯作んねーと‥‥ 大きな買い物袋を2つ胸に抱え僅かに息を切らす。 夕闇が迫り薄絹の陰を落とす木々の色合いが刻々と変化する。 白い頬に紅を映して小走りに急いでいたが、土を慣らしただけの 細い山道の分岐点で足を止めた。 こっちの獣道を行こうかな 外出用のズボンがグチャグチャになっちゃうけど、まぁいいや その時。背後に微かな気配を感じた。 ‥‥尾けられてる 尾行者は2人。立ち止まったカイトに警戒したのか微かに もらした気配を感じ取った。 振り向かず、表情にも出さず、ゆっくりと脇の道へ進むが 胸の鼓動はカイトの動揺に反応して僅かに脈を乱していた。 ‥‥どうしよう‥‥‥。 俺、尾けられる覚えなんて無いから目当てはジンさんだよな。 いつから尾けられてたんだろ。今更撒いてもここまで来ちゃってんだから 家はすぐに見つかっちゃうだろうけど、まずは一旦撒いてジンさんに 報告だよな‥‥。 ゆっくりとした歩調を乱しはしないが対策を誤ると大変なこと(=ジンに 怒られる)になると思うと緊張が高まる。背後に意識を集中して 尾行者の気配を探る。家の近所と油断して尾けられたのは不覚だったが 戦って勝てない相手ではない。多少は念が使えるようだが 大した使い手でもなさそうだ。 それとも、ここで食い止めた方がいいのかなぁ‥‥ 目的は様々だがジンの居所を探す人間は多い。 つまらない相手を家に案内すれば、ジンは怒らないまでも ウンザリした顔を見せるだろう。 でも相手が後ろの2人だけとは限らないし。実は俺には感じ取れないほどの すっげー使い手かもしんないし‥‥‥ そうだとすれば、発の修行を始めたばかりの自分には荷が重いというものだろう。 ‥‥勝手に戦ってボコボコにされたら、もっと怒られるよな‥‥ 考えている内に敵の気配があからさまになり、気が付けば殺気まで放っている。 え、え、え!?尾けるだけじゃないのか? 俺とおっ始めんのか? ジンさんが目的じゃないのか? 俺、何かしたっけ? なんで? なんで?? どこでドジを踏んで目をつけられたんだろう。 ジンの笑顔が目に浮かぶ。 嬉しそうに拳を振り回す、満面の笑顔‥‥・。 無傷で説教、一発でも喰らったら秒殺だな‥‥ 溜息をついた時、3人の男が行く手を塞いだ。 5人か、頑張ろう‥‥ 卵が壊れないように買い物袋を脇にそっと置く。 軽く目を伏せて慎重に構える。 ‥‥後ろ! 言葉も無く、いきなり右斜め後方から襲い掛かった敵を上体で かわし突き出した拳を捉える。 遅い‥‥問題ない 残る4人は一気にカイトを囲む輪を縮め前方の一人が目前に飛び出す。 カイトは敵の手首を掴んだままの手を振りぬき、仲間同士の衝突を避けようと 一瞬動きを止めた男の脇腹にすかさず蹴りを入れる。 骨の折れる嫌な感触がして男が崩れ落ちる。 まず、一人 捕らえた男が空いた手でみぞおちを狙ってくる拳も掴み、膝で顎を砕く。 二人。 滑るように前へ出る。前方中央の男を肘で仕留める。三人。 体を反転させた勢いで四人目の男に回し蹴りを入れようと軸足に 力を込めた時だった。 「小僧っ!!」 叫ぶような大声に思わず視線を向けた。 「‥うっ‥‥!?」 強烈な光を瞳孔に感じ、眩しさに視界が真っ白になった。 ダメだ!見ちゃ‥‥! 体の自由が奪われる。 この光は‥‥‥‥ヤバい‥‥。 その思考を最後にカイトは地面に膝をついた。 「お前の名前は?」 「‥‥‥カイト」 「ジン=フリークスを知ってるな?」 カイトは虚ろな目で頷く。 「ジン=フリークスとの関係は?」 「ジンさんは‥‥俺の師匠‥‥」 「この近くに二人で住んでるんだな?」 再び頷く。 「これから言う命令をよく聞いて必ず守れ。 "家の中"で、"ジン"が、"背中を向けたら"‥‥‥迷わず殺れ! いいな? 分かったら返事をしろ」 「‥ん‥‥‥分かった」 「よし。家に入った瞬間、お前は今の出来事を忘れる。 後を尾けられるような事も無かった。さあ、家へ帰れ」 カイトはフラリと立ち上がるとぼんやりとした感情のない顔をそのままに 家へと向かって歩き出した。 「さっすがボス!催眠術とはうまいことやりましたね!」 「ああ、これで俺らが直接手を下さなくてもジン=フリークスは あの世行きだ。頃合を見計らって死体を手に入れるだけでいい。 何の恨みがあるのか知らないが、それをあのマフィアのボスに 届ければ賞金がゴッソリ頂けるってわけだ」 「街中で偶然ジン=フリークスを見つけた後、ササっと片付けるかと思ったら まず連れのガキの方を狙うなんて言うから俺、てっきりビビってんのかと 思いましたよー!」 「‥‥バカッ!俺がビビったりするわけないだろっ!! 何事も慎重が一番なんだよっ!! しっかし全てが謎に包まれた男なんて聞いてたからどうやって探そうと 思ってたが‥‥。偶然行った焼肉屋で席待ちしてたら 『2名でお待ちのジン=フリークス様ー。お席にご案内しまーす!』なんて 突然聞こえて驚いたぜ‥‥。店員に聞けば時々あの金髪のガキと連れ立って 来るってーから近所に住んでんのは間違いねぇって思ったわけよ」 「いや!さっすが!!大統領!!! しかもそんな懐中電灯みたいな機械で簡単に催眠術をかけちまうなんてねー!」 「ああ、魔の8サイクル光線っていってな。一秒間に8回点滅する光が 人間の脳波の波長と合って強力な催眠状態にするんだ」 「へぇぇ、でも催眠術ってのは本人が全く望んでないこと‥‥例えば 被術者に自殺させるなんて事は、どんな優秀な術者でも無理って いいますが大丈夫ですかね?」 「それは問題ないだろう。ジンって男はイカれたハンター達の中でも 特にイカれてるって評判らしいからな。そんな奴の弟子なら 師匠を殺したいほど恨む気持ちもどっかにあるはずだ。 その証拠に、俺の言葉にアイツはちゃんと返事をしたからな。 催眠状態では嘘はつけねぇ」 「なろほどねぇ!さすがボス!緻密な計算に抜かりないっすね! そんな安っぽい通販で買ったオモチャみたいなので何すんのかなーと 思ってましたけど! いや、恐れ入りました!」 「なっ‥‥何言うんだよっ!当たり前だろっ!! こいつは俺が作ったんだよ! 通販なんかで買うわけないだろっ!!」 「そうっすよねー!あはははは」 「何はともあれ上手くいってよかったぜ‥‥。 催眠術ってのがこんなに簡単に出来るものとは知らなかった。 術者が言葉を使って術をかける場合は、自分の頭に自信があって 神経が繊細な奴ほど術にかかり易いんだと。 それに比べてこの8サイクル光線は単純な奴にほど効き目があると 取説に書いてあったが‥‥」 「‥‥取説?」 「ゴホゴホッ‥‥何でもないっ! おら!ぼけっとしてんじゃねぇ! 奴を見失うだろっ!!」 「へーぃ」 ボスと呼ばれた男とその手下はフラフラと歩くカイトの後を 慌てて追い、二階建ての白い家の屋根が僅かに見える程度の 場所まで来ると手近な茂みに身を隠した。 →Next                      (041029) ------------------------------------------------------------------------ →トップ