「Uninvited Guest」-07 ------------------------------------------------------------------------ 「ジンさん‥‥」 やっと本物のジンが帰ってきてくれた気がした。 やっぱりさっきまでのジンは偽者だった。 思わず蒼い瞳が薄く潤んでジンが慌てた声を出す。 「何だ何だ、どうしたんだよ‥‥?」 唇を噛み締めて俯くと、溜息が聞こえ大きな手がカイトの頬を包む。 「‥お前‥‥早く大人になんないかな」 「‥‥‥?」 ぼんやりとした呟きを不思議に思って顔を上げた時 ジンの目が鋭くなった。 「‥‥ジンさん?」 「黙ってろ。風呂場に籠もって絶をしてろ」 「はい」 すぐに立ち上がり、風呂場に向かう。 何事かは全く分からないが、こういう時のジンの言う事にあれこれ 聞き返すのは愚の骨頂だ。黙って息を潜めていると、派手に玄関のドアが 砕け散る音がした。フローリングの床が踏み抜けそうな足音が響く。 そしてその足音がリビングの入り口で止まった。 「そいつに何した?」 聞き覚えの無い、低く抑えた声が家中の壁を震わせる。 オーラがハンパじゃなくデカい。今の自分ではとても適わない。 カイトは一筋の気配ももらさぬように身を潜める。 「‥‥何したっていきなり言われてもな。 人の家の玄関をぶっ壊しといて、ご挨拶だな」 これはジンの声。 その落ち着いた声色に安堵する。 大丈夫。誰であろうとジンさんの敵じゃない。 「答えろ。そいつに何した?」 そいつとは‥‥あの黒髪の男のことか。 あの男の仲間‥‥? 「何もしてないぜ?(キッパリ)」 「じゃあどうしてそいつがここに居る?」 「森に倒れてたから連れてきて介抱した。それだけだ(キッパリ)」 「‥‥その服は?」 「着てた服が汚れてたんでな。着替えさせて今洗濯中‥‥と、まだ ここにあるか。こいつを連れてくなら、これも一緒に持ってってくれ。 パジャマはくれてやる」 「‥‥それで済んだとは思えねぇな。 本当はうまいこと誑かして、連れてきたんじゃねぇのか?」 「誑かすぅ!? 何のことだ。 そんな簡単に誑かされる男なのか、こいつは?」 再び豪快な足音が響き、野獣のようなオーラを身に纏う男が ソファの側に移動したのが分かる。 それはジンと男の距離が縮まったことも意味する。 いつでも飛び出せる。カイトは手にじっとりと汗をかいた。 「‥‥な?眠ってるだけだろ? 大体悪さしようってんなら、こんなもんは着せねぇだろ」 ジンさんは脱がせようって言っただけで、着せたのは俺なんだけど‥‥。 「‥‥それもそうか。疑って悪かったな。世話をかけた。礼を言う」 「どういたしまして。礼よりも、粉々の玄関を直してもらった方が助かるがな」 「ちょっと慌ててたもんでな。弁償といっても俺は金を持ち歩かねぇし‥‥。 今出来る礼は、これくらいだ。今日こいつに、くれてやろうと思ってたもんだが‥‥」 もぞもぞと、これも豪快な衣擦れの音がしたかと思うとコトリとテーブルに何かが 置かれる。続く衣擦れの音はソファに横たわる男を抱きかかえているのだろう。 先ほどまでの粗雑さが嘘のような、大人しやかで繊細な気配だ。 「じゃあ悪いが急いでるんでな」 「おい待てよ。 アンタ、その子の何なのさ?」 ジンの問いに男は答えず、その足音はあっという間に遠ざかっていった。 「カイト、もういいぞ」 ジンの呼びかけに、大きく息を吐いて風呂場から出る。 「何だったんですか?」 「さぁなー。俺にも訳がわからんな。 無理に聞いても良かったが、玄関だけじゃすまなくなるからな」 本当に、何だったんだろう。 しかしソファに、もうあの男の姿はない。 あれ程の使い手が、血相変えて探しに来る男。 ほんの一時この家に入り込み、ソファから一歩も動くことなく この家の平和をかき乱していった男‥‥。 そういえば、名前も聞いてない。 「今のが"ヒソカ"だったのかなぁ‥‥?」 「違うな。奴は薬を使うようなタイプじゃないだろ」 「薬?」 「あぁ‥‥いや、何でもない。しかし本当に腹が減ったな。やっぱりお前、何か作ってくれ」 ほっとしたような気の抜けたような顔をして、ジンがどっかりとソファに腰掛ける。 「南瓜のスープでいいですか」 それともハンバーグ? 皮肉を言おうと思って止めにした。 「ああ。‥‥あ、そうだ。写真撮ってきたぞ。メシ食いながら見るか?」 「はい」 小さく微笑み台所に向かおうとして、ふと思い出す。 さっき、何を礼代わりに置いて行ったんだろう。 テーブルに視線を移すと、そこには『新発売!丸ごとイチゴプッチンプリン』と 丸文字で書かれたピンク色の容器が一つ、所在無げに置かれていた。 end.                       (040508) ------------------------------------------------------------------------ →トップ