「Uninvited Guest」-05
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意識の無い人間の服を脱がせるというのは思ったよりもやっかいだ。
カイトは男のズボンを下ろした時、危うく下着まで一緒に脱がせそうに
なったのを慌ててズリ上げた。
見ても楽しいもんじゃないからな。
やっと脱がし終えて、今度はジンの紺色のパジャマを着せる。
ブカブカだったが自分のでは若干小さいだろう。
胸回りなどは問題ないだろうが、背は男のほうが大分高い。
やっとパジャマのボタンをはめ終えて一息ついた時、男の顔のあたりで
漆黒の石が光ったように思った。
見ると男がぽっかりと目を開いている。
黒い黒い、大きな瞳。
辺り闇に染めながら、ゆっくりと全てを飲み込むような‥‥。
長い睫が濡れたようにその淵を飾っている。
言葉を忘れ、その瞳を凝視していると男の唇が動き、乾いた声がした。
「お前、だれ?」
我に返る。そして、ムッとした。
お前って‥‥第一声がそれかよ。
「‥‥人にそう聞くんなら、自分から名乗れよな。
ここは俺の家で、お前、森の中で倒れてたんだ。
どっか痛むところは?」
お前と呼ばれたからには、こっちもそう呼んで差し支えないだろう。
男の物言いは気に入らないが、何かショックな目にあって混乱しているの
かもしれない。まずは体に異常はないかを確認した。
どこから来たのか。一体何があったのか。
他にも聞きたいことは色々あったが、こいつはジンが連れてきた男だ。
でしゃばった真似はしたくない。
しかし男は質問に答えず、感情のない目でカイトを見つめる。
しばらく黙り合い、男がやっと口を開く。
「お前‥‥か?」
「‥‥は?」
「俺に、何かしただろ」
「何って‥‥別に何も‥‥」
「本当に?」
男の言い草に混乱し、口ごもる。
着替えさせたのが気に障ったのか?
男でも肌を見られるのが嫌な奴もいるかもしれない。
「‥‥ああ、何もしてないよ。着替えさせた他は‥‥。
着替えさせたの、マズかったのか?」
つい伺いを立てるような口調で言うと、男の視線がカイトの頭の先から
つま先までを速くもなく遅くもないスピードで巡った。
不思議と不躾な気はしない。見る者と見られる者の立場を生まれた時から
知ってるような、他意を感じさせない、ごく自然で重さの無い視線。
そして再びカイトの顔を見据えると
「着替えさせたのは別にいい。‥‥まぁ、お前ではないだろうな」
言って、もう用はないとばかりに顔を逸らすのに唖然とする。
別にいい‥‥別にいいって、それって許可か?
まずは普通、礼じゃないのか!?
お前ではないだろうって、何疑ってたんだよ?
で、疑いが晴れてその態度か??
大体気ぃ失ってぶっ倒れてて、他人の家で気が付いたんなら
その後言うべきことは色々あるだろ?
「ここはどこ?」とか「警察呼んでくれ」とか「家に連絡とりたい」とか‥‥。
なんなんだよ、こいつーーー!!?
しかし相手は病人だ。あからさまに腹を立てるのものもみっともない。
「お前なぁ‥‥あの森は結構危ないんだぞ。
ずっと倒れっぱなしだったら‥‥って、連れてきたのは
ジンさんだけど、それを‥‥」
「‥‥ジン?」
しまった、と心の中で舌打ちをする。
こんな得体の知れない男に勝手にジンの名を教えてしまった。
ジンは気にしないかもしれないが、カイト自身が嫌だった。
「そいつ誰? 俺に何かしたの、そいつ?」
「ジンさんは意識のない人間に何かするような人じゃない。
‥‥お前の周りにはそういう奴が多いのかもしれないけど。
お前、体どうなんだよ。立てるようになったら、とっとと出て行けよ」
自分の失策への苛立ちと相まって、はっきりと怒りを自覚した。
自分に対してならまだしも、ジンに対してその言い草は許せない。
思わず冷たい言葉を口走る。睨みあう。
しかし傍から見れば男の目には色はなく、怒りを含んだ目で睨んでいるのは
カイトの方だけであったが、カイトにはそんな熱の無い瞳も癪だった。
膠着状態が続きカイトが痺れをきらして再度男の体調を問いただそうとした時
浴室のドアが開く音がした。
カイトは開きかけた口を閉じ、男から目を逸らす。
訳の解らない男に感情的になっているところをジンに見られたくない。
ここはジンに任せるべきだろう。
足音がして、ほどなくジンがリビングに姿を見せる。
「ジンさ‥‥」
「あんたがジン?」
呼びかけた声を遮られカイトはキッと振り返り、身を起こした男を
再び睨みつけた。
「ああ、確かに俺がジンだ」
ジンは男の無礼とも言える問いに気にする様子もなく答える。
部屋の中の妙に張詰めた空気にも、気づかないふりをして。
俺が風呂に入っている間にどんな会話があったのか。
想像するのも恐ろしいが‥‥。
「あんた、俺になんかしただろ」
確信に満ちた声で男が言う。
その瞬間、苛立った声が部屋に響いた。
「何もしてないって言ってるだろっ!何度言えばわかんだよ!!
大体お前何なんだよ!名乗りもしないで、さっきから聞いてりゃ‥‥
ジンさんが助けなかったら、お前危なかったんだぞ!?
それを何しただのかにしただの、一体何だってんだよ!
ハッキリ言えよ!!」
珍しくカイトがエキサイトしている。
男は自分のした事に気づいているようだが、自分が"何"をされたのか、
はっきり口にしないのがせめてもの救いだ。
しかしこれ以上問い詰めたら、男もカイトの怒りに怒りをもって答えるだろう。
そして悪事は白日の下に晒される‥‥。
「まぁまぁ待てカイト!
相手は病人なんだ。みっともねぇぞ!」
慌てて怒鳴ると、カイトはハッとしたようにジンを振り返り項垂れる。
いや、お前は悪くねぇんだけど‥‥悪ぃな。
心の中で謝って、男に向き直る。
「聞いての通り、俺もこいつもお前には何もしてない。お前が一人、森ん中で
倒れてたから担いで来て服が汚れてたから着替えさせた。それだけだ。
そう聞くからには何か体に異常を感じてるんだろが、何かあったとしたら俺が
見つける前の話だろ。大体お前、どうしてあんな所に倒れてた?
外傷は無いから獣に襲われたってんでもないだろうし、血色からいって腹が
減ってという訳でもなさそうだ。誰かに襲われて気を失ったんなら、そいつが
何かしたって考えるのが自然じゃねぇか?」
男の目が不安げに揺らいだ。しかし目の淵に鋭さが残っている。疑いはまだ
完全には晴れていないが、意識を失った原因を思い巡らせたのかもしれない。
「なぁ、どうしてあんなトコに居たんだ?」
優しい口調でジンが重ねて聞くのに、まるで独り言のように男が口をひらく。
「‥‥覚えてない。街中に居たはずなんだけど。
あれのせいかなぁ‥‥何か俺の体質に合わないものでも入ってたのかな。
今日が新発売の日だったから、イチゴが丸ごと入ってるっていうのは初めて
だったし。生のイチゴを丸ごと入れるための防腐処理が良くなかったのかな。
それともおやつの時間でもないのにこっそり食べたのがマズかったか‥‥。
だって仕方がないよな。俺は悪くないのに今日はおやつ抜きって言われてさ。
そしたらヒソカが2人でこっそり抜け出して、自分の部屋で食べればバレないって
言うから。でも食べてるうちに気分が悪くなって、助けを呼ぼうと思って部屋を
出たとこまでは覚えてるんだけど‥‥」
「ふぅん。で、その時そのヒソカって奴はどうしてたんだ?」
「ココア買いに行かせてた」
「‥‥‥‥」
なるほどね、そういう訳か‥‥。
何だかよー分からん話ではあるが、こいつがブッ倒れたのは
そのヒソカってのに一服盛られたせいだろう。
でもまぁ薬を使いたくなる気持ちも分からなくもない‥‥。
ジンは心の中で独りごちた。
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