「イエティ伝説殺人事件」-01
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ジンがルルカ遺跡の保護作業を終え、何ヶ月ぶりかの帰宅をしてから
2日が経っていた。色々やりたい事はあるようだが、1週間ほどは
のんびりするという。
昨夜は久々にジンに抱かれた。
「たまにはゆっくり、お前のこともかまってやらないとな」
どうだ嬉しいだろうといわんばかりの物言いで、カイトを抱き寄せた
ジンだったが、そういう自分の方がよっぽど嬉しそうなのを見て
カイトも黙ってその腕に顔を埋めた。
そして今日は朝からジンがいない間の修行の成果を見てもらう予定だったが
2人してすっかり寝過ごしてしまい、ジンはどっかりとソファに腰を据えて
読みたかったが暇がなかったという本を読み、カイトはブンブンと
洗濯機を回していた。
バイクの音がして、玄関にバサリと紙が落ちる音。
「あぁ俺が行く」
玄関へ向かおうとリビングに顔を出したカイトを、軽く手で制して
ジンが立ち上がる。背中を掻きながら郵便物を取りに行く姿を見て
カイトは珍しいこともあるものだと思う。
雪でも、降らなければいいけれど。
この家に、重要な郵便物などまず届かない。
大切な書類などは直接会って手渡すか、それなりの方法で届くので
普通郵便で届くのはダイレクトメールの類ばかりだ。
いつもはカイトが受け取って、そのまま中も見ずにリサイクルに回してしまうが
そんな営業勧誘の手紙がもの珍しいのか、ジンはご丁寧に一通一通
開いて読んでいる。そして庭先で本日第一弾目の洗濯物を干し終えて
洗濯籠を片手にソファの後ろを通りかかったカイトを呼び止める。
「なぁおい、これ見ろよ」
ジンから青いチラシを受け取る。
『スリル満点!現代の秘境!
幻のイエティを求めて白銀の世界を旅しませんか!
ネィパル3泊5日の旅(出発日ホテル選択自由・添乗員無し)』
「・・・イエティですか」
「そ、イエティ。まぁ雪男だな。」
「こないだ北極ザルという新種が発見されて、ちょっと話題になりましたが」
「そう、あれの見てくれも、雪男のイメージに近いらしいがな。
しかし古くからイエティ伝説があるのは、このネィパル地方だ。
北極とネェイパルじゃ、ちょっと遠すぎる。大陸成形の歴史からいっても
接点はほとんどないしな。
俺も半信半疑だったが・・・・こないだ何の用だかネィパルにハントに行った
自称ハンターの話を小耳にはさんだんだ。
そいつは自称ハンターというだけあって間抜けな奴で
雪山で方角がわからなくなり、遭難したっていうんだ。
行方不明になって4日後、山小屋の中で気を失っているところを
無事に発見された。意識が戻ると雪男に助けてもらったなどと言う。
寒さと恐怖で混乱したんだろうと誰も取り合わなかったが
そいつの体を調べてみると、大量のアルコールが検出された。
そのアルコールを摂取していなければ、男の命はなかったそうだ。
そして山小屋には、酒の類が置いてあった痕跡は全くなかった・・・・」
上目遣いにカイトを見上げるジンの凄みが効いた語り口に
夏だというのにゾクリと背筋が寒くなる。
「じゃあ、ジンさんは本当にこの男がイエティに助けられたと・・・」
「さぁなー、どうだかな。
この話は一般には漏れていない。ハンター限定の情報だ。
だから全てがデマではないだろうが、何かの偶然が重なってこの男が
助かったとも考えられなくはない。
それを確かめに行っちゃどうかなって思ったわけだ。
俺の気が向いて行く場所は、何故か暑いところが多いからな。
たまの休暇にお前とのんびり旅行に行くなら
たまには寒いところで、お互いの冷えた体を・・・・・・」
一瞬、極寒の冬山よりも冷えた目でジンを見下ろしたカイトに
しまったという顔で目を逸らしたが、ジンの心はもうネィパルに
飛んでいるようだ。
イエティ伝説の謎をとく、か・・・・。
悪くないなとカイトも思う。
ジンさんは余暇の旅行のように言ってるが面白いハントになりそうだ。
「いいですね、行きますか」
洗濯籠を両手で抱え持ったカイトがそう言って笑顔になると
「そうか、じゃ決まりな。明日出発!
そうとなったら防寒機材の調達が必要だな」と、ジン。
「俺、やっときます。ライセンス使っていいですか」
「おお、じゃんじゃん使え。
・・・と、お前まだ試験受けてなかったっけ?
まぁ、いつ行ったっていいけどな。もういつ試験受けたって合格するし
無いよりはあった方が便利って程度のもんだがな」
ジンはそう言って本を傍らに放ると、下調べだと言って2階へ上がって行く。
「はい、そのうちに」
その背中に、カイトは神妙に答えたがが
でも試験なんか受けに行ってたら、こうやってジンさんと
面白いハントへ行ける機会を逃すかもしれないじゃないですか・・・。
ソファに転がった本を拾い上げ、棚に戻しながら
カイトは心の中でつぶやいた。
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