「弟子入り」-01
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つまらないケンカで銃で撃たれ、重症を負った俺はジンという得体の知れない
男に助けられた。
担ぎ込まれたホテルで1日中眠る生活を1週間ほど過ごし、やっと普通に
歩けるまでに回復したが、それ以上の事をするとまだ傷は疼くように痛んだ。
ジンは俺を鍛えて強くしてやるなどと言い、ニカニカとよく笑う男だが
隙のない物腰と強い意志を感じさせる黒い瞳が奴がただ者でない事を
物語っている。
油断するなと自分を諌めるが、その太陽のように眩しい瞳と力強さに
少なからず惹き付けられている事を、すでに否定できなくなっていた。
その朝、カイトが目を覚ますとジンはすでに少ない荷物をまとめていた。
寝ぼけ眼のカイトに向かって「帰るぞ」と笑顔で言う。
この笑顔で言われると、何となく嫌も応もない気がする。
カイトはベッドから這い出ると、3、4日前にジンがどこからか買ってきた
白いシャツに着替えて顔を洗う。
洗面所の鏡を覗き込むと、まだ見慣れない少年が映っている。
本来の色を取り戻したプラチナに近い金髪が柔らかく肩にかかっている。
血色はいいが透き通るように白い肌。
蒼く澄んだ目が不思議そうにこちらを見ている。
俺って、こんな顔だったんだよな。
そんな自分の美しさに興味も感じず、カイトは歯磨きにとりかかった。
まず向かったのは空港だった。
その気軽な調子から、カイトはそれ程遠くへ行くとは思ってなかった。
この飛行船に乗って、どこまで行く気なんだろう。
首尾よく体が全快して、この油断ならない男から逃げ出したとしても
もう帰ってこれないんじゃないだろうか・・・。
そう不安になった時、あの時のジンの声が頭に響いた。
「帰るって、どこへだよ?」
そっか。俺には帰る家なんて無かったな。住み慣れたスラムを離れるのに
不安を感じただけで、愛着も、そこに住み続けようという意思も無かった。
他に行く場所がないからあそこに居ただけだ。
「どうした?」
ぼんやりとした顔をしていたのだろう。ジンが聞いてくる。
「別に。飛行船って高いんだろ。知ってると思うけど、俺、金ないぜ」
そう言うと、ジンはちょっと笑ったが
「心配すんな。どうせただ乗りだ」
と、意味不明のことを言った。
初めて飛行船に乗る。ドキドキした。もちろん表立ってそんな様子は見せず平静を
装っていたが、ジンがベンチに腰掛けるなり何やら書類に没頭しだしたのを見ると
そっと窓の側に近寄って眼下を覗いた。
・・・・・すっげー!
家々がマッチ箱のように小さくなったかと思うとあっという間に米粒ほどになって
遠ざかっていく。自分のいたスラム街はどの辺だろうと、ふと思ったが
人工的な町並みが、周囲の深い緑に圧倒されるように小さくなっていくのを見ると
すぐにどうでもよくなった。視界が真っ白になったかと思うと陽の光を照り返す
雲の大海原が、眼下に広がる。
背後のジンが何度か顔をこちらに向けた気がしたが気にする余裕も無く窓に
へばりつき、やがて訪れた夕闇に景色が沈むまで飽きずに外を眺めていた。
翌朝、飛行船はある空港に降り立った。
到着地を告げるアナウンスが流れたがカイトには聞いた事も無い地名だ。
汽車を乗り継ぎ小さな街につく。ジンとの会話はほとんど無い。
どこに行くかと聞く気は無いし、ジンも説明する気はなさそうだ。
汽車に揺られながらジンは頬杖をついて平和な顔で窓の外を眺めていたので
自分も同じようにした。
着いた街は意外にも、子供達の笑い声と商店街の物売りの声が響くような
小さな住宅地だった。案外、普通の家に住んでいるんだな。
家に着いたらコイツの奥さんと子供が出てきて、「おかえりー」なんて・・・。
しかしそうではなかった。住宅街を素通りすると道は山に続いていた。
最後に民家らしい家を見てから、もう何時間歩いたろう。
ジンは息ひとつ乱さずに、ずんずん歩いていく。意地でも遅れまいと付いていく。
傷は痛むし、シャツは汗でびっしょりだ。
どこまで歩くんだよ・・・。心の中でこっそり弱音を吐いた時、突然木々が開けて
1軒のこじんまりした2階家が現れた。
山小屋というほど田舎風ではないが、短冊状の厚い板を段々に積み重ねて
白いペンキを塗った外壁のシンプルな家だった。
中へ入ると白い漆喰の壁にツヤのないフローリング。
リビングには一組の布貼りのソファと木のテーブル、サイドボードと数えるほどの
家具しかない。大きな窓には若草色のカーテンがかかっている。
素っ気無いが何だか落ち着く。懐かしいような香りがする。
ぼんやりと部屋を見渡していると、ジンが口を開いた。
「めったに使わない家だがお前と住むならここがいいと思ってな。
街と空港に近くて利便性もいいし」
最初から最後まで何を言ってるのかさっぱり分からない。
お前と住むならここがいい?
他にも家があるってことか。そうは見えないが、案外金持ちなのかな。
それにしては、簡素な家だけど。
それに利便性がいいだとー?
空港からここまで何時間かかったと思ってんだよ・・・。
「アンタ、何やってる人?」
「お、まだ言ってなかったか。俺はハンターだ」
「・・・・って、何?」
「んー・・・ハンターの仕事ってのは色々だが・・・まぁ大抵の奴は
いろんなものを探したり、見つけたり、保護したり・・・。
そのついでに悪い奴を捕まえりもするかなぁ。ま、色々だ」
「ふぅん。何だか便利屋みたいだな」
ジンが珍しくちょっと情けない顔をしたので何だか申し訳ない気分になったが
もし俺が言ったことが的外れなら、それはジンの説明が悪いせいだ。
その日は缶詰を食って、寝た。
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