「出会い」-04
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肩に担いだ少年は、本当にそこに居るのかと思うほど軽かった。
酒屋に立ち寄り、1番強い酒を買う。
店番の親父は、ちらりと血まみれの少年を見やったが、別に驚いた顔も
せずに会計を済ませた。
昨日から寝泊りしてる安ホテルの階段を登り部屋に入る。
ベッドに少年を降ろして、いつも持ち歩いている治療用具をカバンから取り出す。
シャツをめくって止血をほどくと、傷は急所をはずれているが出血がひどい。
みるみるシーツが赤く染まる。
酒を口に含んで傷口に吹きかける。大の大人でも気絶するような痛みを
感じるはずだが、少年は眉一つ動かさない。
急がないと、やばいな。
ピンセットで弾を取り出し、器用に縫う。最後にもう1度、消毒する。
熟練した外科医でも30分はかかる作業だが、そんなに時間をかえてちゃ
こいつは持たない。少々手荒い治療になったが、10分とかけずに終わらせた。
少年を1度床に降ろし、白く清潔なシーツに取り替えた後、
ベッドに戻した少年を観察する。
相変わらず、真っ白い顔色。小さな唇は会話を拒むように緩く結ばれている。
やっと胸と腹を覆っているボロボロの衣服。
体中泥と垢にまみれているが、手足はきれいに筋が伸び、見かけの細さほど
脆くはなさそうだ。埃の間から、プラチナに近い金髪が覗いている。
こいつが風になびいたら、さぞかしきれいだろう。
・・・・お前は、どんな目をしている?
鋭く光る目か?それとも、愚か者の目か?
どんな事情があったか知らないが、銃で撃たれて
どうしてそんなに穏やかな顔をしている・・・?
汚れたシーツを部屋の隅に放り投げると、鎮痛剤を作る作業に取りかかった。
あとは、コイツの生命力次第。俺に出来るのはここまでだ。
どれ位の時間がたっただろう。
床に座り込んで、クート窃盗団の資料を眺めていると、部屋の中で何かが
動いた。どうやら少年が目を開けたらしい。見ると、ぼんやりと天井を眺めている。
身軽に立ち上がり、側によって声をかける。
思ったよりも弾んだ声に、自分でも少し驚いた。
「よぉ、気がついたな」
ゆっくりとこちらを見た目は、まだ少し焦点が合っていない。
鋭くもなく、愚かでもなく、世の全てを悟って諦めたような目・・・
しかし荒んではいない。飄々と流れに身を任せて、場所場所によって
その姿を変える風のような、淡くて蒼い聡明な瞳だった。
まだ朦朧とした顔つきだが、すでに己の状況を把握したというように
ゆっくりと瞬きをしたのを合図に、抱き起こして鎮痛剤を飲ませる。
象も白目を剥くほどの強烈な味だが、効き目は俺が保障する。
嫌がるかと思ったが、覚悟を決めた様子で一気に飲み干した。
あまりの味に顔をしかめたが、それも一瞬で引っ込めた。
「よしよし。見かけより素直じゃねーか・・・」
続けて名前を呼ぼうと思って、まだ知らないことに気が付いた。
「お前、名前は?」
ゆっくりと少年の体をベッドに戻す。
「・・・・カイト」
ほんとに素直じゃねーか、カイト・・・。
腹ン中で、何考えてる?
「そうか。俺はジンだ。カイトか、いい名前だな」
他意はなく言った言葉だが、少年は驚いた顔を見せて問い返す。
初めて見せる、人間らしい表情。
「いい・・・・名前?」
「ああ。カイトって凧のことだろ?空の上ってのは、下から眺めて想像するよりも
ずっと風圧が強くて暴風が吹き荒れてる。そんな凶暴な風の力にうまく乗っかって
自由にしなやかに飛び回るのが凧だ。何となく、お前のイメージにぴったりだよな」
少しキザな言い回しになっちまったかな?
ちょっと照れを感じたが、別に隠すことでもないし本当にそう思ったから
言っただけだ。だからそう言われた少年が喜ぶとも思わなかったが、
その反応は少なからずショックだった。
薄気味悪いものを見るような目で俺を見たかと思うと、次にはその顔に
軽蔑の色を浮かべている。おい、ちょっと待て。
「あ、お前・・・今俺のこと、変な目で見ただろ!いやらしい事想像しただろ。
ったく、ガキがませてんじゃねーよ。お前のみたいなガリガリの、しかも
わき腹に穴開けてるようなガキの青いケツの穴になんぞ、興味ねぇぜ。
・・・まぁ、傷が治ってもぅちっと肉が付いたら、どうなるかは分かんねぇけど・・・」
俺は内心の動揺を隠して、わざと突き放した調子でまくし立てたが
少年の冷たい視線に何となく後ろめたさを感じたのも事実。
最後の一言はちょっとした意地悪のつもりだったが・・・イマイチ自分に自信が無い。
そんな俺には興味なしといった様子で、少年は身を起こす努力を始めた。
おいおい、痛てぇだろ・・・いくら俺特製の鎮痛剤でも、そんなに早くは
効かねぇぞ。少年の頬の下の筋肉が、苦痛に歪むのがわかる。
しかし表情にはそれを出さない。こいつは、なかなか・・・・。
「おい、どこか行くのか?」
まともな答えは期待してないが、つい体の事が心配になる。
「・・・・ああ、帰るよ」
「帰るって、どこへだよ」
少年は一瞬、煩げな顔を向けたが、思い直したようにつぶやいた。
「さぁ・・・ここじゃない場所。手当て、ありがとさん」
そのままゆっくりとだが、迷う様子も見せずに立ち上がる。
さて、どうするか・・・・。
覚束ない足取りで出口へ向かう少年を見ながら考える。
俺に出来るのは、ここまでだ。あとはコイツの生命力次第。
今もそうは、思っているが・・・。
ハンター仲間には、こいつのように悲惨な境遇に育った奴が多い。
両親の顔を知っていて、暴力も受けずに育った俺には・・・いや、
例え同じ境遇に育ったとしても別の人間である以上、奴らの心中は解らない。
解ると思うほど、自惚れていない。
結局痛みは、自分だけのものだ。
そういう俺だって、人並みの痛みは抱えている。
誰の力を借りたって、真実癒されることなどない。
共に前へは進むが、過去は共有できないものだ。
己の力で乗り切れるかどうか。それが全てと知っているから
安易に人の心の大切な部分に関わることは許されない。
しかしもし、関わってしまったなら・・・・・。
その時は、全力で関わる。それが人間同士の、マナーってもんだ。
さて、俺はどうする。
関わるのか?この少年と・・・?
答えは路地裏でコイツを拾った時に、もう出ていたのかもしれない。
しかし奴の手がドアノブにかかるまでじっくりと考えて、俺は腹を決めた。
「おい、取引しねぇか?」
振り返った少年の顔を観察する。
どうせ手負いだ、話くらいは聞いてやる、といったところか。
「まぁ聞けよ。俺はお前に食い物と住む場所を提供する。
そしてお前は俺に付いて修行して、強くなる・・・。
どうだ?悪くないだろ?」
即興とはいえ、我ながら適当な言い草だと思う。
しかし嘘は言っていない。正真正銘、俺の希望だ。
案の定、少年を呆れかえらせたまではよかったが、少々効果がありすぎた。
奴は次の瞬間噴出して、笑い出していた。
やっと薬が効いてきたらしい。笑った顔に生気が戻ってる。
ちょっと安心したのも束の間、笑って腹に力が入った拍子に、腰のあたりに
じわりと血がにじんだ。
緊張のせいか、本人は気づかない。
「何だよ、何笑ってんだよ。失礼な奴だな」
出血には気づかない振りをして、わざとむくれた。
「だって・・・それ変じゃん。取引って言わねぇよ・・・」
少年は、まだ笑い続けてる。
笑うと案外可愛いが、そんなことに感心してる場合じゃない。
「どこが変だって言うんだよ」
少年はやっと笑いを収めた。血がポタリと1滴床に落ちる。
よしよし、お前が可愛いのはよく解ったから、もう笑うな。
しかし顔におかしさを貼り付けたまま、少年は答えた。
「取引ってのは、交換条件だろ?お互いにメリットがなくちゃ
取引とはいわないだろ。俺は食料とねぐらを確保できる。
そして生活の心配もなく修行して強くなれる。
俺に良い事ばっかじゃねぇか。」
「そう言われると・・・そうか。」
俺の提案が穴だらけなのをさっ引いても、この状況で
筋が通った、理知的な話し方をする。
「お前、頭いいな」
俺は本気で言った後、この頭の良い少年を丸め込むための作戦を開始する。
今までに流れ出た血の量は、ハンパじゃねぇ。
緊張で意識がある内はいいが、そのうち急にぶっ倒れるぞ。
傷に負担をかけずに、強制的に眠らせる方法はいくつかあるが
心臓も相当弱っているはずだ。ちょっとしたショックで止まっちまうかもしれない。
それがコイツの寿命といえばそれまでだが、当分寝覚めは悪そうだ。
「騙されないなら、仕方ない。白状するか・・・」
少年の顔に、再び不信の影。
「実は俺は、格闘マニアだ」
勝算はあったが、思ったより無警戒な呆れ顔。
その調子でどんどんリラックスして、感情を顕わにしろ。
それがこちらの、思う壺・・・。
なんだか深層の令嬢をダマくらかす、ジゴロの気分になって
胸が痛んだが、非常事態なのでしょうがない。
迷わず作戦続行だ。
「強い奴を求めて旅をしてるが、なかなか俺に敵う奴に出会えない。
もうこうなったら自給自足だ。隣の畑に旨そうな食い物がなかったら
自分で作るしかねぇだろ。つまり強い奴を育てて、いい頃合になったら
俺と勝負させる!互角に戦えるまで、シゴキまくるのさ」
俺は淀みなく、でまかせを続ける。
「お前はなかなか見込みがありそうだ。上手く育てれば、早々に
暇つぶしになるくらいには強くなる。
もちろんその間、弟子として俺のいう事には絶対服従。
俺の身の回りの事なんかを・・・・そう、おれの身の回りの世話を
させりゃいいんじゃねぇか。俺はお前の生活の面倒を見る。
お前は俺の身の回りのことをする。そんでついでに修行する。
いいぞ、取引っぽくなってきた!どうだ、悪くないだろ!?」
ニッカリと会心の笑みを浮かべて俺は締めくくった。
少年の顔が言っている。
俺の話を信じてないのは当たり前として、俺自身のことも
もちろん信用していない。
こいつが目覚めて、まだ30分も経っていないのだから当然だ。
それが仮に1週間経っていたとしても、こいつはそう簡単に
他人を信用したりはしないだろう。
それでいい。今はそれでいい。
お前は頭がいい。だから早く気づけ。
今出て行くよりも、調子はいいがちょっとイカれた男に
騙されたふりをして、傷を癒した方が得策だと。
しばらく思案顔だった少年が、やっと口を開く。
「ああ、わかった。それでいいよ。」
・・・・・間一髪だな。
こんなくたびれる狩りは、ごめんだぜ・・・。
「お、そうかそうか。そりゃあ良かった。
じゃあベッドに戻って、とっとと寝ろ」
そんな安堵はおくびにも出さず、手をヒラヒラさせながら言う。
「ああ・・・・・」
少年は疲れたように返事をしたが、ふと思い出したような顔になって言い換えた。
「いや、・・・・はい。」
さすがに俺は、虚を突かれた。
「なんだ、”はい”ときたか、どういう風の吹き回しだ?」
何を当たり前の事をと言わんばかりの返事が返ってくる。
「どういうって別に・・・アンタ、俺の師匠なんだろ。
じゃあ返事は”はい”だろ」
「・・・・・・・!」
こいつ・・・・・!
俺は、思わぬ拾い物をしたかもしれない。
そんな嬉しさと、腹から込み上げる可笑しさで、俺は思い切り爆笑していた。
end. (040225)
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