「侵入者」
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真夜中。深い眠りから、瞬時に覚醒した。
コトッ・・・
階下からの、ほんの小さな物音を、ベッドの中で確かに聞いた。
テーブルに、そっと置いたカップが立てる程度の小さな音。
1階のリビングをうごめく侵入者の気配。・・・素人だな。
「コソ泥か」
瞳だけを動かして暗闇にゆっくり視線をめぐらすと、すぐそこには
ジンさんの寝顔。 ぐっすりと眠ってイビキまでかいている。
気づかないはずは、ないんだが・・・。
この程度の気配は危険のうちには入らないということか。
たとえ侵入者がベッドの傍らまでやって来てナイフを振り上げたとしても、
ジンさんは眠っているに違いない。といっても、そのナイフを振り下ろして
しまった瞬間が、不運な侵入者の最期の時になるのは間違いないが。
出来れば自分もこのまま眠っていたいとカイトは思う。
金目のものなど、この家にはない。ソロソロと動き回る気配からして、
暴れて家具を壊してくれるような心配もなさそうだ。
体の節々に残る気だるさ。
100kmやそこら走り続けても、体が軋んだりしない自信はあるし、それ以上の
何か特別な事をしたわけでもない。そう、俺は何もしていない。
一方的に、されただけだ。
しかし羞恥に体をこわばらせながら何度も達し、果てしない快感の波に
洗われ続けると、心身は極限までに疲労して終わってみればいつも
指先1本動かせなくなる。
ジンさんはといえば、さすがに呼吸を荒げていても、まだ十分に余力を残して
微笑みながら、そんな自分を見下ろしているというのに・・・。
多分、このまま目を閉じても何の問題もないだろう。
ジンさんと二人、ベッドの中。
周りにどれほどの敵がいようと、これほどの安全地帯はない。
しかし・・・・・。
カイトはシンクにたまった汚れものが気になる。
ジンさんは気にしない。
カイトは点けっぱなしのテレビが気になる。
ジンさんは気にしない。
「ふぅ」
小さなため息をつき、そっとベッドからすべり出て、脱ぎ散らかした服を
身につけると、裸足のまま部屋を出る。
腰と膝がキシキシと音をたてるが、階下の侵入者が相手なら問題ない。
敵は・・・キッチンに移動したか。
少なからず腹を立てていた。俺は疲れてる。
部屋を出るまでは気を使ったが、ドアを閉めた後は気配も消さず、足音を
忍ばせるような気遣いもせずに、階段を降りてまっすぐに目標の人物に
近づいた。
しかし気の毒な侵入者がカイトの存在を認めることは遂になく、カイトが
軽く手刀を当てた瞬間に、ただ一瞬にして世界が闇に変わっただけであった。
「もしもし、警察ですか。家に入った泥棒を捕まえたので、引き取りにきて
もらえませんか。
・・・・はい。いや、気絶してるので危険は・・・はい。では、このままに
して待ってます。・・・あ、あの。出来ればサイレンは鳴らさないで・・・
どうしてって、その・・・近所迷惑だし」
捕らえた敵が念の使い手ならば、連絡先は別になる。
しかし今日の場合は地元の警察で十分だろう。こちらの職業もあえて伝えない。
これ以上の面倒は、ごめんだからな・・・。
庭先に車が止まり、2人分の足音が近づく。先に立った警官の指がチャイムに
届く直前にドアを開いた。ぎょっとした警官は棒立ちになったが、カイトは
辛抱強く相手の言葉を待った。
「あ、あの、泥棒を捕らえたというのは、こちらのお宅で・・・」
「はい、そうです。ご苦労様です」
「大丈夫ですか、盗られたもの・・・は、無いか。お怪我は?」
「はぁ 大丈夫です」
「こいつですね。・・・・あ、こいつ・・・!手配書の男だ!!」
「・・・シッ!2階で寝てる人間がいるんですよ・・・!」
「・・・は!?あ・・・あ、失礼しました・・・?
しかし、お手柄ですよ。前科34犯の大物で、空き巣のプロです。
なぁ、お前も知ってるだろ」
「もちろんですよ。酒場のケンカでとっ捕まったけど、余罪が知れたとたんに
手下が手引きして脱獄させやがった。なんせ身は軽いしすばしっこいし、
手こずると思っていたのに、こりゃまた見事に白目を剥いて・・・
どうやったんですか?」
「いや、何も。大きな音がしたので見にきたら、台所でひっくり返ってました。
・・・・・・転んだんですかね」
納得しかねるといった表情で侵入者を担いでいく警官を見送った後、
ソロソロと階上へ上がっていく。
「ジンさん、起きちまったかな・・・。
出来ればおとなしく眠っててもらえると助かるんだが」
心の中でつぶやきつつ、ドアを開けた途端、絶句した。
ジンはまだ眠っていた。カイトがいなくなったぶん広くなったベッドで
盛大に寝返りをうったらしく、薄い毛布をはだけて奔放に伸ばした逞しく
均整のとれた肢体を、惜しげもなく月の光に晒しながら・・・。
思わず息をのむ。数時間前のひと時を思い出し、顔が赤らむ。
顔を背けながらベッドに近づくが、ジンの体から目を離すことができない。
自分の視線に浅ましさと羞恥を感じ、やっとジンに背中を向けて、ベッドの端に静かに腰を降ろす。
ほっとしたのも束の間、腕をむんずと掴まれて、そのままジンの厚い胸板の上に倒れこんだ。
「ぉわ!・・・ジンさん!起きて・・・・」
「どこにお出かけだったんだ?」
カイトの背中にガッシリと腕を回したジンが、長い金髪に顔を埋めながら囁く。
「その、あの・・・・トイレ・・・」
ジタバタともがきながら小さく答えるが、体は一向に自由にならない。
「相変わらず几帳面な男だなぁ・・・夜中に家ン中で便所に行くのに、
こんなに身だしなみに気を使うのか」
「いや、それは・・・・」
「足が」
「え?」
「足先が、冷え切ってる」
「・・・・・・・・」
「俺、お前に悪い事をしたんだな・・・」
「・・・・・・は?」
「俺なりに頑張ったつもりだったが、今夜のがそんなに物足りなかったとはな。
・・・・・情けねェ」
「な、何を言ってンすか・・・・?」
「気を使うなって。悶々として眠れないから、頭冷やして来たんだろ?
悪かったよ。今度こそグッスリ眠れるように、してやるから・・・」
そう言うジンの右手は、もうカイトの背中から太ももへと滑っている。
もがきにもがいて、やっとジンを見上げると、顔は片眉あげてニヤついている。
本気で言っていない事など明白だ。
「何、バカなこと・・・!俺はもぉ、クタクタ・・・・いやその・・・」
「遠慮するなよ。少々疲れてはいるが、なに、お前の為なら・・・」
「ちょっ!ジンさん!俺、明日朝、早いっ・・・から・・・っ・・・!!!」
「ほら、耳もこんなに冷たくなって・・・・」
「うひゃっ・・・ぁあ、はぁ・・・はっ・・・・離してくださぁーーーいっ!!!」
・・・・・悲鳴?まるで絹を裂くような・・・・
パトカーの運転席に座る警官が、さっき出てきたばかりの家の方を振り返り、
アクセルを踏む足を緩めた。
後部座席に放り込んだ、まだ白目を剥いたままの犯罪者が視界に入る。
あの男、何者だったんだろう・・・。しかし警ら勤続30年の俺には解るのさ。
長く垂らした前髪に半分隠れた切れ長の目。
あれは明らかに堅気のものじゃなかったぜ。
大体、家に泥棒が入ったってのに、2階で人が寝てるもクソも無いもんだ。
くわばら、くわばら。上に居たというのが誰かは知らないが、あの場は素直に
退散して正解だったのさ・・・。
「どうかしたんすか?」助手席の新米が怪訝な顔で聞いてくる。
「いや、何でもねぇよ。空耳だったみたいだ」
彼は再び前を向き、アクセルを強く踏みしめた。
その時また、あの恐ろしげな男に監禁されているのだろう憐れな
女性の悲鳴を聞いたような気がしたが、パトカーは2度とスピードを
緩めることなく遠ざかっていった。
<了> (040218)
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全国7千万人の(←ウソ)ジンさん、及びカイトさんファンの皆様。
あらゆる意味で、ごめんなさいm(_ _)m
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