「夢で会いましょう」-2
死ぬ覚悟なんて死んでからだって十分できんだ。
だから生きてるうちは、生きることだけ考えろ。
体に染み付いたジンの言葉。
神経をむき出しにするような闘いが、どれほど続いたか。
技は出尽くした。残る左手の痺れがひどい。
血で足を滑らせるほどの出血。
俺は生きる。生きたい。
かすんだ目の端に、鈍く光る爪を捕らえた。
血が足りない。体が痺れる。
よけ、きれない――――――!
俺は、死んだ‥‥‥。
話すことも、動くこともできない。
しかし五感は冴えわたり、周囲の様子は手に取るようにわかる。
累々と積まれる死体。
罪もない子供たちまで死んで行く。
交錯する思惑。
悲壮な覚悟。
もう、見たくないのに。
あれはゴンか?
それとも、幼い日の‥‥。
忍び寄る影。
ダメだ。逃げろ、早く!
危ないっ‥‥!
「ぅわぁっっ!!!」
強く背中を跳ね上げ、一瞬体が浮くほどベッドがきしんだ。
嘘のように静かな室内が淡い光に浮かんでいる。
夢‥‥。
恐ろしかった。死ぬかと思った。いや、死んだのだ。
震える手を首筋に触れる。びっしょりと汗で濡れている。
そこに当たられた冷ややかな感触は、現実とたがわぬ生々しさだった。
「おい、今のカイトか!?」
荒い息も収まらぬうちに、怒鳴る声と共にいくつもの影が部屋に飛び込んでくる。
だって、ここはグリードアイランド。
俺はここで、いつだって守られて、そして学んだ。
自分を大切にすることの意味を。
守り、守られる者のいる幸せを。
「あの‥‥あの、夢みて‥‥。ごめんなさい」
申し訳なさと恥ずかしさで、あわてて告げる。
大人たちはしっかりと服を着込み、まだ寝入っていなかったのがせめてもの救いだ。
ジンの顔が赤いのと、全員同時に駆け込んできたことからして、広間で酒盛りの最中であったか。
「「夢ぇ!?」」
ジンとドゥーンがそろって声を上げるのに身をすくませる。
とりあえずジンに脳天をゴツッとやられ、ドゥーンの呆れ顔とレイザーの安堵の表情と、双子のクスクスと笑いあう顔を見上げ、そっと部屋を出て行くリストを見送る。
「‥‥ったく、人騒がせだなお前は! お前の奇声、島中に聞こえたぞ!?」
「すいません‥‥」
「どんな夢だったの? 怖い夢?」
「あ、はい‥‥あの」
濡れたタオルを持ってリストが戻り、イータが部屋に設えられた小型の冷蔵庫から冷たい水を取り出して渡してくれる。
「あ、すいません‥‥ごめんなさい」
「いーから早く話せ」
「はぁ、えっと俺、ふんた‥‥ハンターハンターの世界にいて、主人公の男の子たちと一緒で」
「ハン‥‥こんな下らねーもん読んでっからこんなコトになるんだっ!」
「おい、この芸術品を下らねーとは何だ、下らねーとは」
「下らねーだろ。漫画なんざ、ありもしねぇおとぎ話に適当な絵つけてるだけじゃねーか。だいたい俺のことを勝手に‥」
「‥‥んだとぉ!? 漫画はなぁっ!画力と文と構成力!ストーリー!全てを満たさなきゃならねぇ総合芸術だ!!」
「ケッ ガキだまくらかして小銭稼ぎやがって、芸術が聞いて呆れるぜ」
「もーーーうるさいっ 静かにしてよ! カイト君、どんな夢だったの?」
「おっきな虫がでてくるんです。巨大化した蟻が念を身につけて、すごく強くて俺、戦うんだけど‥‥」
「‥‥‥」
互いに襟を掴み合っていたジンとドゥーンも黙り、カイトの顔を見下ろす。
「変な蟻なんです。女王蟻がいて、要塞みたいな巣を作って、食べた生き物の生態を受け継ぐ兵隊を生んで」
「お前、昨日はドゥーンの生物図鑑見てただろ」
「あ、そういえば‥‥」
昨日も暇を持て余していたカイトは、ドゥーンの蔵書を片っ端から読み漁っていた。
写真入りの最新の希少生物図鑑には、珍しい生き物がいっぱい載っていて、その中に自分よりも大きな獲物も頭から噛み砕く、凶暴な蟻も載っていた。
「全くてめーはロクな影響与えねーな」
「頼りない保護者の代わりに教育書を与えてんだろーが」
「えっと、キメラアントとかいう名前で、俺、成長してハンターになってるから、そういうのも知っててハントに行くんです」
「へぇ〜〜〜お前がねぇ〜〜。ちゃんとライセンス持ってんのか?」
二人のケンカを止めるために先を話したのに、ジンにニヤニヤしながら聞かれて顔が赤らむ。
「も‥‥持ってましたよ。だってキメラアントが出た国は、ライセンスがなきゃ入れなくて」
「ほ〜そりゃ大変だったなぁっ!」
ギャッハッハッとジンが腹を抱えて笑い出すのにムッとする。
「ゆっ‥夢の話なんだから仕方ないだろ!! もういいよっ‥もう‥‥」
「いいからいいから。こんな奴放っておいて続き話してみろ」
「あ? こんな奴ってのは、もしかして俺のコトか?」
「ジンうるさい」
「カイト君、続き」
「それで‥‥巣の前まで行くんだけど、すごく強い奴がでてきて」
「おぉ、女王蟻の登場か」
「んーん、違う」
「なんで分かんだよ?」
「夢だから」
「あぁ‥‥それで?」
「それで俺、首はねられて死んじゃうんです」
「‥‥‥‥」
「で、その後、俺を殺した操作系の蟻に操られて、兵隊蟻の訓練用の兵器にされて」
「‥‥‥‥‥‥」
さすがに一同目をむいて、ホゥとため息をついたカイトを憐れむように見下ろした。
「まぁ‥‥もう心配ねーから。とっとと寝ろ」
「はい」
「何もなくて良かったよ。次は良い夢を」
「このフレグランス、枕につけて。安眠効果があるから」
「おやすみカイト君、良い夢を」
「おやすみなさい」
部屋を出て行く大人たちを見送るが、ドゥーンだけは考え込むような顔で立ち尽くしている。
「ドゥーンさん?」
「ん、あぁ‥‥そのキメラアントのこと、もう少し詳しく話してくれ」
ドゥーンには珍しい深刻な表情。
もしかして‥‥。
「もしかしてドゥーンさん、本当にこういう蟻が存在するとか‥」
「へっ!? いやぁ‥‥まぁ、その‥‥あ、ちょっと小耳に挟んだ気もするし、なぁ‥‥?」
シドロモドロの態度を不審に思いながらも、ポツポツと話す。
「なるほどねぇ‥‥早贄の習性をもった、ウサギと鳥と人間を組み合わせた蟻か」
「うん、あとカエルみたいなのやアリクイみたいなのも。ちゃんと言葉話すんだ」
「そりゃスゲェな。で、お前は主人公達といるとこを猫型に襲われて、それから?」
「死んじゃって、氷漬けにされたよ」
「死んでんのになんで知ってるんだ?」
「夢だから」
「あぁ‥‥」
服は脱がされ、全裸だったのは恥ずかしいから黙っていた。
「で、そうこうする内に主人公たちはお前を救出すべく、修行するわけだな」
「うん」
「その会長の手下たちはどんな奴らだった? 能力とか」
「‥‥ドゥーンさん」
「おぅ」
「キメラアントの話じゃないの」
「いや、まぁ‥‥その」
「なんでペン持ってメモってんの‥‥イラストまで‥」
「だからお前、俺は今ネタギレ‥‥、いや、リアリズムの追及っていうかだな」
「もしかして、こんな酷い話を漫画にするつもりじゃ‥‥」
「ちがっ‥‥いてっっコラカイトッ‥‥いてててっ! 分かった分かったっ描かねーからっ‥‥!!」
約束は守られなかった。
俺の悲惨すぎる夢はそのまま漫画になり、世界中の本屋に並び飛ぶように売れている。
ジンさんは縁起でもないと激怒し、俺が電話で抗議すると、ドゥーンさんは平謝りに謝って、”カイト”の今後はきっとハッピーエンドにするとか言っていた。
しかし、あそこまで悲惨極まりない状況にしておいて、一体どうハッピーエンドにするのか。
ドゥーンさんのストーリーテラーとしての技量は認めるけど、ちょっと難しい気がする。
予想通り話は行き詰まり、ドゥーンさんは編集者がG.Iの所在を突き止められないことを良いことに、雲隠れしている。
だいたい人の夢の話を漫画なんかにするからこうなるんだ。
お陰で俺は昆虫などの虫が大の苦手になった。やはり生き物は大型の哺乳類に限る。
だからいつの日かハンターになっても、昆虫の類には近づかないと、俺は固く心に誓っている。